07 考えなしのクロードと王宮での叱責(父親視点)
クソッ! あれから散々ペルヴィス領内を探し回ったが、マリーの姿は影も形もなかった。
やはりすでにペルヴィス領からは離れていて他領、あるいは他国へと渡ってしまったのか。
「お父様、朗報です! あの出来損ないの居場所がわかりました!」
ワシが執務室でマリーに関する報告書を読んでいると、クロードが意気揚々と入ってきた。
こいつ、部屋で謹慎しておれといったのに、謹慎の意味も分からんのか?
「ワシは忙しい。報告があるのなら、早く言え」
「お父様、隣領で茶髪の女性薬師がいるそうです。あの出来損ないのことでしょう! さっそく連れ帰りましょう!」
贅沢三昧だったペルヴィス家だが、マリーが出て行ってからは貯蓄を切り崩すような生活が続き、以前のような生活はできていない。
だからだろうか、クロードやエルザもマリーを連れ戻さなければ、と思ってくれたのはいいが、やっていることが的外れなのだ。
「……はあ。隣領に茶髪の女性薬師か」
「そうですよ! 先日やってきた商人が言っていました。隣領では茶髪の女性薬師がポーションを冒険者ギルドに卸していると!」
「クロード、やはりお前から領主の権限を取り上げたのは正解だったな」
「……はっ?」
「その女性薬師は20年も前から隣領で活動している……そう商人は言っていなかったか?」
「そ……そんなバカな!」
はあ、平民出とはいえ領主になるために何人もの家庭教師をつけていたというのに、情報の裏取りすら満足にできんのか。
そもそも茶髪の女性薬師というだけでマリーと紐づけるのが安易すぎる。我が国ならずとも薬師は女性の方が多いし、茶髪の人間なんてごまんといる。
「茶髪の女性薬師という情報なら、数え切れんくらい集まっておるわ」
隣領だけでなく、王都、辺境などなど、我が国だけでも精査しきれないくらいの情報が集まってきていて、それがワシの業務を圧迫していることもわからんのか。
「で、でしたら、人はやっているんですよね?」
「……はあ、そんなこともわからんのか?」
「で、ですよね。良かった。じゃあすぐにでも、あの役立たずも見つかりますね!」
「アホが。人などやっとらんわ」
「……へ?」
こいつはマリーのことを役立たずと呼びながら、そんなこともわからんのか?
マリーを探すために各地に人を派遣する……言葉にすれば簡単なことだが、それだけでも膨大な費用がかかる。
人件費は言うに及ばず、旅費から食事代、それに情報を集めるための資金……ポーションや美容品の売上が見込めない現状で、どこにそんな金があるというのか。
「よいか? 人をやるのはマリーがそこにいると確信できてからだ」
「で、ですが、それじゃあ、いつまで経っても見つかりませんよ!」
「そもそも、お前が勝手にマリーの魔法契約を解かなければ、こんなことにはならんかったというのに。……ええい、早くこいつを部屋に連れ戻せ! 今度は抜け出せないように見張りもつけておけ!」
まったく、跡取りとして育てていたはずなのに、どこでどう間違ったのやら。
「ご主人様、王宮から召喚状が届いております」
「なにっ!?」
「こちらです」
侍従が差し出してきたのは、確かに王宮からの召喚状……さっそく封を破って中身を取り出してみたが、早急に王宮へと登城するようにと書かれている。
まずい……まさか、マリーがいなくなっていることに気づかれたか?
クソッ、とにかく準備を済ませて、速やかに王都へ行かなければ。
――――――
「面を上げよ」
マズイマズイマズイ、普通だったら貴賓室に通されるというのに、王宮に着くなり謁見場へと通されてしまった。
普通ではない作法をされるということは緊急事態、あるいはマズいことがある証拠だ。
「はっ」
「最近ペルヴィス領からポーションが輸出されないとの苦情が入っておる……確かか?」
「薬師が減っておりまして」
これは本当のことだ。マリーがいなくなったこともあるが、その前段階から薬師が減っているのだ。
だからこそ、マリーには無理なスケジュールでポーションを作らせていたのだが。
「王妃からもなぁ、美容品が手に入らないと泣きつかれたのだが、どうなっておるのだ?」
「そ、そちらも薬師が作っていましたので」
「……ペルヴィス子爵、あまり余を失望させるなよ。情報が届いていないとでも思っておったか?」
くっ、やはり王相手に情報を隠すのは悪手か?
「……ポーションも美容品も、同じ薬師が作っていましたので」
「ラージュ家の末裔でもあるマリー嬢であろう? 先ごろペルヴィス領からいなくなったらしいのう」
「ラージュではありません。ペルヴィスの娘です」
「はあ、本当にわかっておらんの。ペルヴィス子爵、そなたを男爵へと降爵させる。10年後にはペルヴィス領は王家直轄とするので、準備するように」
「ま、待ってください! なぜ降爵など!?」
「はあ、ペルヴィス家は元々男爵だろうに。忘れたのか? そなたがラージュ家の末娘を娶ってポーションの普及に努めたからこその子爵位だろうに」
確かにマリーの母親、アンヌ・ド・ラージュを娶ってポーションを国中に普及させた褒美としての陞爵だった。
だが、だからといって、いきなり男爵なんて……それに10年後には領地を取り上げるだって!?
「こんな横暴、貴族議会が黙っておりませんよ」
「議会の承認など得ているに決まっておろう。議会もな、跡取りのいない家をかばうほど愚かではないわ」
「跡取り? 跡取りなら息子が」
「息子? ああ、あの私生児のな。我が国の法を忘れたか、ペルヴィス? 貴族の屋敷で生まれていない人間は貴族として認められんのだぞ?」
「で、ですが、私にはマリーが!」
「だから逃げられたのだろうが。それも勝手に私生児に爵位を譲ってな。……言っておくが、10年の猶予はお主への温情だ。5年後には代官を派遣する。引継ぎの準備もあるでな」
王は言いたいことを言い切ったのか、興味のなさそうな声で退出を促した。
本当なら抵抗すべきだろうが、ワシの頭に浮かぶのは「嘘だ」「夢だ」「なぜ」「マリーがいれば」……そんなことばかりが浮かんでは消え、気づいたら王宮の外だった。
嫌だ! こんなところでワシの人生が終わるのか!? ……マリー! マリーさえいれば!