02 どこへ行った(父親視点)
「マリー! 本当にいないのかっ! どこに行った!?」
王都で商談をしていたワシのもとに、家令からマリーが家からいなくなったとの報せがきた。
最初は信じられなかった……なぜなら貴族家に連なるものは当主の許可なく領外に出ることは叶わず、狭い領内で家出の真似事をしても直ぐに捕捉されるからだ。
だから吞気に商談を続けていたのだが、不意に思い出した……ワシが当主ではなくなっていることを。
つい先日、領主としての仕事を面倒に思い嫡男であるクロードに領地での仕事を任せると同時に爵位を譲っていたのだ。
商談もそこそこに慌てて屋敷に戻り、マリーに与えた仕事部屋の扉を乱暴に開くと、そこにはテーブルの上に山積みとなった薬草の数々。
普段ならばマリーがすべてポーションにしているはずだが、三分の二以上が取り残されている現状からマリーがずいぶん前に出て行っていることが窺える。
「……クロード、マリーはどこへ行った?」
「役立たずのことですか? 部屋に引きこもっているだけの穀潰しだったので、家から追い出しましたよ」
この惨状に対してクロードを問い詰めるが、こやつはワシの気持ちなどお構いなしに妄言を吐く。
マリーが穀潰し? 確かにワシはマリーをこき使いクロード達の目の前でも役立たずと罵っていた。
だが、こやつは自分が着ている服、食べている豪華な食事、そういったものが誰の金で得られているのかわかっていないのか?
「クロード。ワシの質問に簡潔に答えよ。マリーはどこへ行った?」
「ち、父上。お顔が怖いですよ。家から出たのですから、どこぞで野垂れ死んでいるのでは?」
「つまり、行き先を把握していないということだな? 血を分けた妹だというのに下働きに行き先を確認させもしなかったのだな?」
「あの穀潰しは日がな一日中部屋に引きこもり、外に出たと思ったら土いじりをしているのですよ? あんな奴がいるからペルヴィス家は田舎貴族と侮られるのですよ!」
「答えになっておらんわ! 他貴族の評価なぞ、どうでもよい!」
確かについこの間までろくな産業のなかったペルヴィス家を田舎貴族と罵る輩もいるが、そいつらも結局ペルヴィス家のポーションの前には頭を下げざるを得んのだ。
下級ポーションと同じ材料で中級以上の効力を発揮するペルヴィス家のポーションは、コスパの面で圧倒的だ。
さらにこれまで効果が疑問視されていた美容関連の商品など、上位貴族にも求められるほど……それをだれが作っていたと思うのか!
「もうよい! クロードに爵位を譲ったのは早計であった。部屋にて謹慎しておれ!」
「そ……そんな」
「誰かっ、クロードを部屋にて謹慎させておけ! 家令は執務室へと急行せよ!」
「はっ!」
爵位を譲ったといっても内内のこと。陛下への奏上もまだだし、まだまだ使用人たちの信頼度もワシの方が上だ。
だが、いくら爵位を取り戻しても出て行ってしまったマリーを戻すことはできない。
一度破棄されてしまった魔法契約は本人の意思があっても、戻すことは叶わないのだ。
「マリーが行く先に心当たりはあるか?」
家令が執務室に入ってくるなり、ワシは質問をした。
マリーは娘ではあるが、ポーションを作らせることだけしか繋がりがないから、家から出てしまえばどこに行くかなどわからんのだ。
「マリーお嬢様が頼る先ならば、いくつか候補があります。薬草園の職員、ポーションの瓶を扱う小物屋、冒険者ギルドと懇意にしている素材屋……」
「ならば!」
「ですが、マリーお嬢様が領内に留まっていれば、の話です。魔法契約が解かれ、領外に出ることが叶えば、どこに向かったのかなどわかるはずもありません」
「ぐっ、むう」
家令の言には一理ある。領内にいるのならば人海戦術や領主権限を使えば、どこに隠れていても簡単にわかる。
だが、領外に出られてしまえば、それも無理だ。わが領にも大陸横断鉄道は通っており、ある程度の金があれば王都だろうが、国外だろうが、簡単に行けてしまうのだ。
領主の娘とはいえ、茶色の髪と瞳を持つマリーは貴族とは思われず、特徴のなさから人の記憶に残るとも思えない。
「と、とにかく! お前はマリーが行きそうな場所に向かえ! それと、銀行の口座も止めておくのだぞ!」
マリーにはポーション作成の対価として幾ばくかの給料を支払っていたから、それを使って遠くに行こうとするのは目に見えている。
すでに現金を下しているかもしれないが、それならそれで手持ちの資金がわかるというものだ。
家令に委任状を渡し、そのままマリーを探させに行く。
「はあ、早く見つかってもらわんとペルヴィス家が潰れてしまうぞ」
マリーに作らせていたポーションの在庫はまだまだある……だが、マリーが見つからなければ在庫はどんどん減っていくのは目に見えている。
治療用のポーションならば儲けは減るが他から仕入れれば良い。しかし、美容関連の商品はマリーが作るものよりも劣る商品しか市場に出ていないのだ。
マリーが見つからなければ美容関連の商品を楽しみにしている上級貴族の奥方を中心に暴動が起き、いずれはペルヴィス家の進退にかかわってくるだろう。
「どこへ行ったんだ……マリー」