表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/69

祈りの残響 39

 青白い影がゼロの顔を静かに縁取っていた。

 扉が閉まると、部屋は一段と静かになる。


 アルカはゼロのそばに腰を下ろす。


 胸部装甲の奥で、起動直後のコアが微かに脈動していた。

 その振動が、空気を波のように震わせる。


「…ゼロ」


 アルカはそっと指先でゼロの手を包んだ。


 ゼロの光学眼が淡く明滅し、宙へ焦点を探すように揺れる。


「接続状況:安定。状態:許可領域・一次会話プロトコル、起動済み」


 無機質な定型文。それでも、アルカの胸は少し温かくなった。


「…わたし。アルカ」


「アルカ。分類:Arcaシリーズ。姉妹機構体。相互適合率:高」


「そう。…わたしも、そう思ってるよ」


 ゼロは即答しない。沈黙が少しだけ長い。

 内部で何かを照合しているのだと分かった。


「質問:接触理由の確認。要求:目的を提示」


 『なぜ私と話すのか』

 アルカは胸元に手を当てて息を吸った。


「…あなたを、ひとりにしたくなかったの」


「分析:不適合文。警告:感情語の解析不能」


 拒絶ではない。

 ただ、ゼロは「知らない」だけだ。


 アルカは言葉を探しながら続けた。


「わたしは…昔のことをほとんど覚えていないの。でも、あなたを見た時に胸の奥で何かが動いた。理由は分からない。でも、その感覚を大事にしたい」


 ゼロの光が一瞬、揺れたように見えた。


「情報確認:アルカ、感情刺激・高。推奨:距離調整。推定:不安状態」


「違うよ。不安じゃないの。…嬉しいんだよ」


 ゼロの指が小さく動く。

 意図はない。ただの反射。

 それでもアルカは、何かが返ってきたように感じた。


「ゼロ。あなたがどれだけ“兵器”として扱われてきても……わたしは、あなたを“姉”だと思う」


「警告:認証外表現。役割定義:兵装個体。例外認めず」


 まるで自分を縛る縄を自分で締めているような声。


 アルカはゼロの頬に触れた。


「…それでもいい。いつか、あなたが“なりたい形”を自分で選べるようになったら……その隣にいたいの」


 ゼロは反応しない。


 けれど沈黙の奥に、微細な電子音が生まれた。


「内部反応:収束不能データ。分類不能の感情値を検出。処理:保留。暫定ラベル……『つながり』」


 アルカは息を呑んだ。


「…『つながり』?」


「定義は不明。“損なわれた記録の断片”に類似の情報あり」


「覚えている…の?」


「否定。記録は欠損。同類個体との接触により“不明値のつながり”を検出」


 アルカの胸が震えた。


「それでいい。全部じゃなくていい。少しずつでいいの。また話そう。何度でも」


 ゼロの眼がゆっくりとアルカを向く。


 その光は無機質で、冷たい。

 だが、確かに“揺れ”があった。


「応答:可能。要請:次回の接続を希望」


 アルカは静かに微笑んだ。


「うん。わたしにとっても…希望だよ」


 灯りが静かに揺れた。


 ふたりの間に流れるそれは、まだぎこちなく、まだ不完全でそれでも確かに『対話』だった。


 芹沢は配線をまとめ、椅子に深く座り込んでいた。


 ゴエモンはソファで高鼾をかき、イチロウは壁に寄りかかって梅ソーダを飲んでいた。


「なぁ、芹沢」


「なんすか」


「アルカとゼロ、アンドロイド同士だろ。だったら。話すより早い方法があるんじゃねえか?」


 ハルキは器用に片眉を上げる。


「…ああ、つまり“直接接続しろ”ってやつすね」


「その方が早いだろ。一瞬で同期できる。わざわざ言葉なんて経由しなくても」


「ダメっすよ、それが一番危ない」


 ハルキの口調が少しだけ低くなる。


「危ない?」


「はい。直結は『脳みそを混ぜる』ようなもんです。二体のプロトコルが完全に一致してるなら問題ない。でも、アルカとゼロは『別物』なんすよ」


 イチロウは黙ったまま、梅ソーダの缶を傾ける。


「ゼロはシリーズの初期型のモデル。仕様が古い。一方でアルカは後の世代のアンドロイド」


 芹沢は指を一本立てる。


「ここに穴がある」


「どんな穴だ」


「片方が上書きされるかもしれない」


 イチロウの表情がわずかに陰る。


「上書き…アルカが、か?」


「状況によっては。ゼロの戦闘プロトコルが強制的に流れ込む可能性がある。逆にゼロ側がアルカの『人間的判断モジュール』で汚染されるケースもある」


 芹沢は机を指で叩いた。


「つまり、直結はアルカがアルカでなくなるかもしれないし、ゼロがゼロでなくなる可能性がある方法なんすよ」


 室内の空気が重くなる。


「…それでも、近道には違いねえな」


「イチロウさん。アンタ、時々そうやって、話しを早くしようとしますけど…」


 芹沢は苦く笑いながら続けた。


「スマートじゃないっすよ」


 イチロウは眉をひそめる。


「スマートじゃない?」


「直結は“情報の交換”じゃなくて“支配関係の確立”に近い。ただ強い方が弱い方を書き換える」


 イチロウは黙る。芹沢はタブレットを取り出し画面に表示されたゼロの解析データを示した。


「でも、対話は違う」


「対話?」


「はい。『相手を壊さずに触れる方法』っす。同じ情報でも、言葉を通せば『選んで』『考えて』』受け取る』ことができる」


 芹沢がうっすら笑う。


「人間だってそうでしょ? 拳銃を突きつけられて脅されるより、話して交渉した方がスマートだ」


「…例えが物騒だな」


「アンタに合わせてるんすよ」


 イチロウは僅かに口角を上げた。


 芹沢の言葉は続く。


「自分たちは“姉妹みたいなもの”だって、アルカは言ったでしょ?」


「…ああ」


「なら、『言葉』の方がいい。ゼロの側も、選ぶことができる。アルカも寄り添える」


 芹沢は机を叩き、まとめた。


「直結は力の行使。対話は関係の構築。どっちが良いかは、もう分かりますよね?」


 イチロウはゆっくり息を吐いた。


「…ああ、分かった。確かに、近道じゃねえ方がいい時もある」


「そういうことっす。短期は損気。技があっても、心が未熟なら、良い選択はできないっす」


 イチロウは芹沢を見て、ふっと笑った。


「技術屋らしからぬ台詞だな」


「いや、俺らしい台詞っすよ」


 その言葉に、イチロウは黙って目を伏せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ