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祈りの残響 36

「離脱!」イチロウの声が響く。


 ゴエモンがアルカの腕を掴み、片手で床を蹴った。鉄格子を蹴破り、三人は奥の通路へと飛び込む。


 背後で、棺の列が次々に崩落を始めた。金属が歪み、圧縮された空気が悲鳴のような音を立てて噴き出す。


 イチロウが振り返る。

 そこにはまだ、仮面があった。


 黒い靄の中心、輪郭だけが残っている。

「逃げるか。だが、我等は必ず追いつめる」


 その声は、空気を通して響いた。


 仮面が崩れ、粉のように散る。


 それを最後に、広間の照明が完全に落ちた。


 暗転。


 通路を駆け抜けながら、ゴエモンが叫ぶ。


「出口はどこだ!?」


 アルカが答えた。


「左手前方、冷却配管の跡をたどって!」


 イチロウが絡繰核のライトを点ける。


 赤い非常灯がかすかに点滅し、壁の矢印が浮かび上がった。


 走る。


 足音が金属床に響く。


 背後で、重い音が鳴った。


 システムが再起動を始めている。


「イチロウさん!」アルカの声。


「分かってる、もう少しだ!」


 イチロウは全力でレバーのような扉のハンドルを回す。


 錆びついた金属が悲鳴を上げ、通路が外へと開いた。


 外の空気が流れ込む。


 湿った匂い、地上の匂いだ。


 三人は同時に外へ飛び出した。


 直後、背後で爆音。


 施設内部の空気が一気に吹き出し、白い蒸気が噴き上がる。


 それは、冷却液が沸騰して気化する音だった。


 しばらくして、静寂。


 夜風が吹き抜ける。


 遠くで、警告灯の赤がぼんやりと瞬いている。


 イチロウは膝に手をつき、深く息を吐いた。


「…借りはきっちり返したな」


 ゴエモンが笑い、義手を軽く鳴らす。


「あと三秒遅かったら、オダブツだったぜ」


 アルカは胸元を押さえた。


 そこに、光の球がまだわずかに残っていた。


 微かな鼓動。


 イチロウが見つめる。


 アルカは静かに答えた。

「“記録”の断片。ゼロがイチになった時の話」


 その言葉に、イチロウとゴエモンは短く視線を交わした。


 遠くで、サイレンの音が近づいてくる。


 記録庁の照合師たちが到着するまで、あと数分もない。


 イチロウは立ち上がり、夜空を見上げた。


 そこには、まだ煙のような黒い筋がゆらめいている。


「行くぞ」


「はい」


 三人は、崩壊したデータモルグを背に、セーフハウスへと歩き出した。

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