祈りの残響 33
午前八時。
セーフハウスの空気は、外の喧騒と切り離されたまま、静まり返っていた。
イチロウは絡繰核の時刻表示を一瞥し、深く息を吐く。頭は研ぎ澄まされている。
ゴエモンは腰の装備を再確認した後、義手刀の動作点検も行った。
アルカは手首のインターフェースを起動し、皮膚の下に埋め込まれた光が淡く点滅する。記録解析の補助プロセスを限界まで引き上げる準備だ。
「行くぞ」
イチロウの短い言葉で、三人はセーフハウスを出た。
メガトキオの朝は灰色だった。
都市の上空を覆う薄いスモッグが、太陽光をくぐもらせている。
街路のホログラム広告はまだ切り替わりの時間帯で、半透明の映像が不安定に明滅していた。
誰も声を発しない。
それぞれが自分の呼吸音と足音だけを頼りに、旧市街のさらに奥へと進んでいく。
盲腸ルートの入り口は、古びた貨物エレベーターのシャフトだった。
目的地の出入り口の扉は半ば溶接されている。
ゴエモンが膝をつき、指先で溶接の切れ目部分をなぞる。
「……やっぱりな。外側は申し訳程度に封鎖されてるが、内側は開けられた痕跡がある」
「ヴォイドアイだな」イチロウが呟く。
「かもな」
ゴエモンは腰の工具を抜き、溶接ごとロックを開錠した。
冷たい空気が一気に吹き出し、皮膚が粟立つ。
アルカが前に出る。
暗がりをセンサーでスキャンし、結果を小さく報告する。
「温度反応、複数。すべて旧配管からの熱漏れ。生命反応はなし」
「…生目反応なし、ね」
イチロウはその言葉を疑うように、腰の鞘から絡繰刀を半ば抜いた。
先頭はゴエモン、続いてアルカ、最後尾にイチロウという隊列で、三人はシャフトの中へと滑り込んだ。
内部は湿った鉄と古い油の匂いが混じっていた。
壁面の計器はすべて針がゼロを指し、ランプは割れて久しい。
シャフトを抜けると、狭い横穴が延びている。
足元には感圧式の古いトラップ。だが腐食で作動するかどうかも怪しかった。
「昔の感圧板だな。踏むなよ」ゴエモンが声を低くして言う。
アルカは慎重に罠を迂回し、イチロウもその通りに進む。
やがて、視界の奥に微かな光が見えた。
それは自然光ではない。
廃棄区画の奥から漏れてくる、冷たい白色照明。
「先客の灯りか…」イチロウが小声で呟く。
その瞬間、耳をかすめるような微弱な電磁ノイズが走った。
絡繰核の表示が一瞬だけ乱れる。
「…今の、感じたか?」
「ああ」ゴエモンが答える。「ヴォイドアイの干渉だ」
アルカが顔を上げる。
「ここから先、交戦の可能性もあります。私の補助プロセスの精度も保証できません」
イチロウは短く笑った。
「まあ、のんびりやろうぜ」
三人は再び進み出す。
足音は吸い込まれるように消え、残ったのは、自分たちの心拍だけだった。




