表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/69

祈りの残響 31


 午前4時過ぎ。


 イチロウは、セーフハウスのメインルームに戻ってきた。


 仮眠から目覚めたというより、“起こされた”ような感覚だった。


 胸の奥が、妙にざわついていた。


 アルカは端末前で静かに何かを考えていた。


 その後ろで、ゼロが眠っている。ゴエモンは不在。足音もなければ、通信ログにも応答はない。


 イチロウは周囲を一瞥してから、コア端末の警告ランプに目を留めた。


 干渉ログ検出。


「来たか」


 呟くと同時に、彼は冷却ボックスから水を取り出して口を潤し、椅子に腰を下ろした。


 すぐに、壁面の旧型モニターが勝手に起動する。


 光が揺れ、ノイズが走る。だが、そこに映ったのは、“演出された顔”だった。


 仮面。女の声。


 そして、あらかじめ整えられた背景、機械的で、記録媒体が陳列された空間の映像。


「はじめまして。影道イチロウさん」


 相手は、こちらを知っている口ぶりだった。


 イチロウは無言のまま、視線だけでアルカと端末を確認する。


 アルカは動かない。おそらく先ほどからこの接続を検知していたのだろう。


「私たちは“ヴォイドアイ”と呼ばれている。非公式な存在だが、あなた方の領域には何度か干渉している」


「知ってる。で?」


 イチロウは淡々と答える。声に怒りも驚きもない。この手のやりとりに、感情はノイズになると分かっていた。


「本日は“交渉”のために通信させてもらった」


「お前らに、交渉の余地があるとはな」


「ある。合理性と観測に基づいた“合意形成”だ」


 モニターの向こうの女は、口元だけ笑ったような気配を見せた。だが、それが人間的なものかは定かでない。


「我々が求めているのは、ARCA-00ではない」


 その一言に、室内の空気が変わった。アルカが、わずかに眉を動かす。


「我々が求めているのは、君の隣にいる、アルカだ」


 イチロウは、すぐに反応しなかった。近くの椅子に座り、背もたれに体を預けた。


「理由を聞こうか」


「君たちが知っている通り、アルカは本来“記録を残す存在”だ。だが、我々の観測では、彼女は“記録していない”記憶を、いくつも保有している」


「それは、意図的な記録していないってことか?」


「その通り。彼女は、自らの判断で“記録しない”という選択をしてきた。プロトコルを越えて。命令でもなく、欠損でもない」


「それが、どうした」


「その逸脱こそが、我々にとって貴重なのだ。“機械でありながら、記録に選別を加える”という行動。それは我々、つまり記録に支配されるこの世界にとって、“未知”だ」


「お前たちにとって、未知とは脅威か?」


「希望だ。だから交渉している」


 イチロウは目を細めた。この女、いや“この存在”は、論理で武装しているが、どこか“人間に似せようとしている”ようにも見える。


 それは、人間を模倣することで何かを得ようとしている。そんな本能的な違和感。


「我々は、アルカを直接引き渡せとは言わない。まずは、我々の施設にアクセスしてほしい。そこには、彼女の未記録ログと関連する初期設計データが存在する」


「場所は?」


「記録庁・第七廃棄区画・第五層。だが、正面から入るのは不可能だ。“盲腸ルート”を使うしかない」


 その名に、イチロウの眉がぴくりと動いた。あのルートはこいつらに監視されていたのか。


「それを見せて、どうするつもりだ?」


「彼女が自ら選ぶなら、それでいい。君たちを力で排除する意図はない。だが、我々が再構成しようとしている“未来の記録”には、彼女のような存在が必要だ」


「それ、選択って言わねえよ」


 イチロウははっきり言った。冷静な口調のまま、淡々と。


「相手に選ばせる気がないくせに、選べって言うのはな、強制って言うんだよ」


 通信の向こうで、女がしばし沈黙した。やがて、仮面越しに再び声が返る。


「彼女の選択に任せる」


 その言葉を最後に、接続は切れた。仮面の映像が闇に吸い込まれるように消え、モニターが静止する。


 数秒の沈黙。そのあとで、イチロウはアルカに目を向けた。


「どうするかは、お前が決めろ。俺たちは、そのあとで動く」


 アルカは、小さくうなずいた。その視線は、ゼロへと向けられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ