特別忍務ログ:年末調整の戦い
【PM16:35】総務部 忍務カウンター前
「影道さん、年末調整の書類、まだ出てませんよね?」
「出してないんじゃない。“提出タイミングがまだ記録されてない”んだよ」
「…それ、言い訳として記録されますけど?」
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書類提出期限、午前中。
現時刻、午後4時過ぎ。
忍者にとっての“年末調整”とは、数字という名の地雷原を踏破する高難易度任務である。
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【PM16:42】オンミツ社・記録倉庫
影道イチロウ、デスクの引き出しを開ける。
中には忍具、煙玉、USBメモリ、なぜか煮干し…年末調整の紙だけがない。
「くそ…去年の控除申請用ログ、どこやったっけ…」
絡繰核の深層データにアクセス。
が、“控除”の文字列に反応してライカの記録が再生される罠。
「…やめろ、情緒が死ぬ…今は地獄の紙仕事が先」
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【PM17:01】広報部デスク
「ミレイ、控除欄って扶養対象に猫って書いてもいける?」
「え、対象が“AI猫”なら、去年からダメになりましたよ。あと、影道さんって…扶養される側では?」
「おい」
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【PM17:26】社内マルチプリンター前
機体名:SHINOBI-COPIER-零式(音声操作対応)
「印刷。年末調整。最新版。PDF出力─」
《音声認識失敗:“煙玉設計図・ver.2.8β”を印刷します》
「ちがうっつってんだろ! 俺は年末調整がしたいんだよ!」
用紙:A4サイズ
内容:煙玉の炸裂範囲と匂い成分比較表
提出先:未定
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【PM17:59】提出直前
書類をかき集め、サイン、押印。
(※社内には「押印マシンを通さないと承認されない書類文化」が残っている。誰のせいとは言わないが、社長である)
影道イチロウ、提出カウンターに滑り込む。
総務課の眼鏡男子が腕組みして待っていた。
「ギリですね、非正規さん」
「俺の記録に“ギリで滑り込むプロ”ってタグでもつけとけよ」
「ついてますよ。既に19件」
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【PM18:14】帰りのエレベーター内
ミレイが笑いながら隣に立つ。
「お疲れ様です。記録されない任務にしては、よくやりましたね」
「記録には残らねぇけどな…今年も、働いたっぽいログだけは増えてるわ」
「ちなみに、去年のカフェテリアプランに申請書…“未処理フォルダ”に丸ごと入ってましたよ」
「…っざけんな、俺の金返せ」
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【PM18:16】絡繰核ログ記録(非公開)
《年末調整、完了》
《控除対象:なし》
《収入:不安定》
《希望:一部あり》
イチロウのログに、コンビニの梅ソーダと、提出箱の“受領印”が記録されていた。
小さな勝利。誰も見ていない戦場での、生存報告。