第五十話 嫌な予感
俺と太陽とのやり取りを聞いていたなら状況は理解している筈だ。ヒーローにアジトがバレてからの行動が早いのに、引越しまでの手配が遅いなどと宣うなよ?
ありえないとは思うが、マッドサイエンティストが色ボケしてそんな事すら気が回らない……なんて事は流石にないか。そんな愚者ならとっくの昔にこの組織は潰れている。
胸や足を体に擦り寄せてきたり、意味深な発言や視線を俺に送ってきてはいるが、それは決して好意からくるものじゃない。打算だ。
ウルフやボスのように分かりやすい好意をマッドサイエンティストからは感じない。むしろ逆だ。もっとどす黒い怨念に近い何かをこの女からは感じる。
この女の誘惑に乗り、その体に手を出すなんて事をすれば奈落の底のような深い闇に引き摺り込まれるだろう。そもそもタイプじゃないしな。
歳は俺よりも上なのは分かっているが、小学生とさほど変わらない体型をした女を抱くほど性癖はイカれていない。論外だ。
「引越しの準備ねー。そんなのでいいのかい、助手君?」
「お前の事だ、既に手配は終わっているんだろ?」
拍子抜けした、とでも言いたげにため息を吐いてマッドサイエンティストが俺から離れる。胸元をチラリと見せてきたり、白衣をたくし上げて生脚を露出したりと、何度か試していたが俺が冷めた目を向けていた事に気付くと残念そうな表情で辞めた。
どうしてそれでいけると思った?
色仕掛けでどうこうなるフェイズではないだろう。それをするなら俺が組織に加入した直後だ。マッドサイエンティストの本性を知った今、分かりやすい罠にかかる程バカではない。
「フォリ様を舐めて貰っちゃ困るぜぃ。ちゃんと手配は済んでいるぜ……けどさぁ」
「なんだ、何が言いたい?」
不満気な顔で口を尖らせているが、その表情に対してはウザイ以外の感想は湧かないな。
「フォリ様程の美女が誘ってるのに一ミリも靡かないとか……不能か?」
「殺すぞ」
殺気をぶつければ、やれやれと腹の立つ表情で首を振る。本当に殺してやろうか。
「本当に何も感じていないな。おかしいな……アイザックを相手にした時は秒で陥落したんだがな」
アイザック・ネフィロ。親父の親友であり、共に異世界に召喚されたフランス人だったか? 親父との親密な間柄から考えるにアイザックもヒーローの関係者の可能性が高いな。
アイザックとは面識自体はある。といっても二回ほど親父を訪ねて家に来た時に会っただけだ。流暢に日本語を話す、物腰の柔らかい外国人という印象だったが……ロリコンだったのかあのおっさん。
マッドサイエンティストの発言が事実なら、アイザックはこの女の誘惑に負けた。小学生にしか見えない女に発情したという訳だ。心底軽蔑するな。
「アイザックは親父の仲間で間違いないな」
「ひひ、そうだな……間違いないぜ。そして今はフォリ様の下僕だ」
見るか?とマッドサイエンティストが胸元から取り出した写真には、パンツ一丁で縄で縛られ、蝋燭を垂らされて悦んでいる変態が映っている。俺の記憶違いでなければ、この変態はアイザックだった筈だ。
そうか、親父はこんな変態に信頼を寄せて……裏切られた訳か。同情はする。だが、それもまた親父の怠慢だ。
「おっと、一応弁明しておくぜ。フォリ様は気を許した相手以外とは寝ない主義だからな……誘惑はしたが体の関係はもっていないぜぃ」
「…………」
「誰彼構わず股を開く女ではないのさ、助手君。だが、助手君が相手ならフォリ様も……熱くなるかもな」
心底どうでもいいな。無視して部屋から出ようとすると、後ろからため息が聞こえてきた。ため息を吐きたいのはこっちの方だ。立ち止まって振り返ると、先程と同じようにやれやれと、首を振っている。
その首をへし折ってやりたいと強く思ったな。
「やれやれ……肉体関係を持つほうが楽だと思うぜフォリ様は。少なくともそんな嫌悪感をむき出しにするよりはな」
「なら発言に気を使え」
「ひひひ、まぁ……茶番はこの辺でいいか。助手君の望み通りに引越し先は手配しておいてやるぜ。後の言いたい事は分かるな?」
「手早く済ませろって事か」
マッドサイエンティストが投げてきた瞬間移動装置が答えだな。家に置いてある必要な物はこれを使ってアジトに送れという意味だ。
「準備が済んだらまた連絡する」
「ひひ、了解。怪人どもに対応するように命令しておくぜ」
マッドサイエンティストのくだらない茶番がなければ、もう少し早く話は終わったな。かれこれ十数分は無駄にした。その僅かな時間で、良からぬ事が起きない事を願うばかりだ。
「まさか、な」
嫌な予感に苛まれた為か、少し早い足で帰路についた。
「これで全部だぜ、先輩!」
瞬間移動装置の上に置かれた家具が消えていくのが確認出来た。
引越しという言葉は耳にすればウンザリする者も多くいるだろう。一部の例外を除けば、引越し作業というのもは億劫だ。荷物が多けば尚の事。
そんな気分の問題は置いておいて、瞬間移動装置という引越し業者が喉から手が出るほど欲しいアイテムが俺達にはある。
このアイテムを上手く使えば面倒な梱包作業や家具の移動を最低限に抑える事が可能だ。つまり、何が言いたいかといえば……拍子抜けするほどあっさりと引越し作業は完了した。
夏目の理解が早いのも要因だろう。
一度、説明をすればマッドサイエンティストのように無駄なやり取りをする事もなく、テキパキと準備をしてくれた。
「忘れ物はないな?」
「バッチリだぜ!」
「なら、予定通りこの家は破棄する」
俺が住んでいる部屋にはマッドサイエンティストの改造が施してある。念には念を入れて、部屋を破壊してから立ち去るつもりだ。
「ん?」
「……客か?」
ピンポーン、と来客を告げるインターホンが鳴った。
何故だか知らないが、嫌な予感がした。
「オレ様が対応しようか?」
「いや、出なくていい」
気を利かせて玄関に向かおうとする夏目を制止する。俺の直感が出ると面倒な事になると告げていたからだ。
再びインターホンの音が鳴ったが無視していると、聞き覚えのある声が部屋の中まで響く。
「金持ちの私が颯斗の為に足を運んで会いに来た!!」




