第四十九話 利害関係
「眩しいな……太陽は」
そこは薄暗いアジトの一室。瞬間移動装置によって移動した先で、思わず零れた笑みと共に素直な感想を呟いていた。
───仇だろ?太陽にとって俺は。
実行犯ではないが、太陽の実の父親を攫ったのは俺が所属する組織だ。復讐のためにヒーローになった太陽と戦い、お前の先輩を殺したのは俺だ。
敵なんだよ、俺はお前にとって。
なのに、なんで敵に対して止めるなんて言っているんだ。お前を殺すと言え。その方がずっと、気が楽だって言うのに……。
親友として、俺を止めるのか───太陽?
「だが、今更だ」
俺はもう止まることは出来ない。立ち塞がるというのなら、俺も薙ぎ倒して前へと進む。言葉で止まるようなフェーズは既に超えた。俺は俺としての道を進む。
俺を止めると言うのなら、殺して止めてみろ太陽。
「ひひひ、嬉しそうだな助手君」
「フォリか⋯⋯」
扉が開き廊下の明かりと共にマッドサイエンティストが室内へと入ってくる。自然な動作で部屋のスイッチを入れると、薄暗かった部屋は照明によって明るく照らされた。
「此処に戻ってきてからずっと笑ってるぜ。そんなに嬉しかったのか親友の言葉が?」
今の発言から察するに俺と太陽のやり取りを見て、聞いていたらしい。以前は仮面を通して俺が見た物や、聞いた音を把握していると考えていたが⋯⋯そうじゃないのが最近分かった。
これまで気付かなかったのはマッドサイエンティストが上手く隠していたから。気付けたのはマッドサイエンティストが自ら曝け出したから。
ある意味で、この女も吹っ切れたと言うべきか。俺に疑われている、信用されていないという自覚があるからこそ取り繕うのを止めた。その上で自分は殺されないという自信がある。
「笑っていたか」
「少なくともフォリ様が部屋に入ってくるまではな!」
「そうか。ならお前が空気を読めない事の証明になったな」
「ひひ、釣れない事を言うなよ、助手君。フォリ様と助手君の仲じゃないか」
腕に抱き着いてきたマッドサイエンティストはあまりに無防備だ。俺がその気になれば、頭をねじ切って不愉快な言葉を吐けなくする事も出来るが……。
「抱き着いてくるな。そんな距離感じゃなかっただろ?」
「助手君との関係を再構築する必要があるってフォリ様が思っただけさ。一度失った信頼は取り戻せないからな」
「元々、お前と俺に信頼関係などないだろう」
マッドサイエンティストの言動から信用してはいけない女なのは最初から分かっていた。悪の組織の狂気の科学者、その肩書きから信用してはいけない女なのは分かるだろう。
いくら俺に人を見る目がないと言え、人を笑いながら怪人へと改造するような奴に信頼を向けようとは思えなかった。だから最初からマッドサイエンティストと俺に信頼関係などはない。
この女に対する好感度があったとするなら、事実を知る前が0、知った後はマイナスに振り切っただけ。
「だからこそ関係の再構築が必要だろ?」
俺の腕に胸を押し当てながら、下から俺を見上げるマッドサイエンティストの顔は悪意に満ちていた。
「先に言っておいてやるぜぃ。助手君にフォリ様は殺せない。絶対にだ」
「…………」
「そういう改造を施しているからな」
俺は怪人へとなる過程でマッドサイエンティストに何度か改造を施されている。怪人に爆弾を埋め込むような事を平気で行うイカれた女だ。
俺が組織から逃げないように、逆らわないようにと何かしら細工をしている可能性が高いとは考えていた。それを自白するとは思っていなかったが。
「助手君が不快なのも分かるさ……けど、組織を思えば仕方ない改造だ。違うか?」
「否定はしない」
コイツらは善良な人間でも組織でもない、異世界からこの世界にやってきた悪だ。そこに倫理観などありはしない。俺もその組織の一員である以上、やる事を否定はしない。
ただ、不快ではある。
「それにだ、今フォリ様を殺してどうする? 怪人を作れるのはこのフォリ様だけだぜぃ。いくらユーベルや助手君が強くても新しい怪人が作れなければ数で押されて負ける」
「…………」
「フォリ様は殺すべきじゃない。賢い助手君なら分かるだろ?」
腹の立つ女ではあるが、この女が語る通り悪の組織にとって替えのきかない存在であるのは事実。短絡的な行動でこの女を殺せば組織に未来はない。破滅願望でもない限り殺すのは悪手だ。
それを理解出来るからこそ、マッドサイエンティストの存在が不快でならない。
「ビジネスと一緒だ。感情で動くだけじゃ大事は成せない。分かるだろ?」
「世界征服する為に感情を殺せと言いたいのか?」
「そうは言ってない……。フォリ様が言いたいのは利害関係を築こうって事さ」
そう言いながらマッドサイエンティストが俺の腕を動かそうと力を入れているが、その程度の筋力では微動だにしない。諦めるかと思えばそうでもなく、仕方ないなーとでも言いたげな顔をこっちに向けたかと思えば。
「助手君、腕を前に突き出せ」
「何故だ?」
「いいから早く。大天才であるフォリ様の時間を無駄にするべきではないぜぃ」
なら今すぐここから消えてくれと、喉元まで出かけた言葉を飲み込み、仕方なく左腕を前に突き出す。そうしないと話が進まないと判断したからだ。
その事に満足そうな笑みを浮かべたマッドサイエンティストは無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで、俺の左手に自身の胸を押し当てた。
なんだこの状況は?
「何がしたいんだお前は」
「ひひひ。言っただろ、利害関係を築こうって。要はフォリ様に利用されているのが気に食わないんだろ助手君は」
「…………」
「なら助手君もフォリ様の事を使えばいい。フォリ様が助手君を使ったように、好きなようにな。欲しいものがあるなら造ってやる。望むことならなんだって応えてやるぜぃ」
両手で俺の左手を掴んで、胸に押さえつけている。その控えめな胸の柔らかさに興奮を覚える事はない。マッドサイエンティストの身体に俺が食いつくとでも思っているのか?
視線を向ければニヤニヤと笑っている。
「フォリ様が欲しいならいくらでも相手をしてやるぜ」
───なんでも……か。間違ってもマッドサイエンティストはいらない。今、俺には必要なものは。
「引越し先の準備をしろ、フォリ」
「ほえ?」
太陽に俺が怪人とバレた以上、彼処に居座るのは危険だ。




