VILLAINS SIDE 0.5 一歩目
───雪が舞っている。
風に吹かれ花びらのよう舞う白雪は、夜のイルミネーションも加味して、目を奪われるほど幻想的な光景だった。
さりとて、その幻想的な光景を目に焼き付けている者はこの場にはいない。美しい光景とはかけ離れた破壊音が、この場から人を遠ざけていた。
「思っていたより、戦えているか?」
『今回の素体はフォリ様のお墨付きだぜ』
視線の先で特撮の一幕のように、怪人とヒーローの戦闘が繰り広げられている。テレビの向こう側の光景が何時しか現実となり、フィクション以上に残酷に起こりうるようになった。
他人事のように言ってはいるが、全ては俺が所属する悪の組織のせいだがな。
「ホワイトクリスマスか」
───12月24日。恋人たちが愛を深めるであろうその日に、怪人たちが暴れている。皆がこう思っている筈だ、空気を読めと。
「なんでこんな日に暴れてんねん!空気読めや怪人!」
「せっかくの家族団欒を!」
正に目の前で、怪人に対する恨みつらみを言いながら攻撃をするヒーローがいる訳だから同じ想いを抱く者がどれだけいるか。
俺だって可能ならこんな事はやりたくないが、上からの命令だから仕方ない。
冷静になって考えれば考えるほど、俺たちのボスであるユーベル様が小さく見えるのは気のせいか?身体的な話ではない。人間的な話だ。
怪人だから価値観が違うと言われればそれで話は終わりだが『人族が幸せそうにしているのが気に食わない』なんて理由で、わざわざクリスマスの夜に世界各地で襲撃を起こしている。何とも小さい。
他人を不幸にしても、自分が幸せになる訳ではない。
そんな事は誰だって知っている。それでも悪意をばら撒くのは自分の中の劣等感を払拭する為。自分を上げるのではなく相手を下げる事で優位に立ち、満足する。
『ふはははは!もっと!もっと!もっと不幸になるが良い!!!ふはははは!!!』
頭の中で響くボスの楽しそうな声が、俺の中の尊敬度を下げているなど思いもしないだろう。
クリスマスの夜に仕事をしているという現実と、ボスの高笑いに嫌気がさして溜息がでる。だからと言ってこの日に予定がある訳ではないが、何故だか知らないか負けた気がする。
「本当やったら今日!先輩をご飯に誘うつもりやったんや!そのままお酒飲んで……そういう雰囲気になってた、筈なんや!」
「イエロー?」
聞きたくない話だ。
ボイスチェンジャーを通したような抑揚のないロボットの声。ヒーローのそんな生々しい会話を聞きたい者はいないだろう。テレビの向こう側のちびっ子が聞いた日には放送局にクレームが入る事だろう。
そんな事もお構いなしに怒りのままに、黄色のヒーロースーツに身を包んだシャインイエローが猛攻を加えている。
その様子に一緒に戦っているシャインレッドが引いているが、当の本人は気付いてすらいない。それだけ怒り心頭という事か。
普段の完成度であればあっという間に決着がつくが、マッドサイエンティストがお墨付きを出す程度には怪人の適合率は高いらしく意外と戦えている。
それでも少し高い程度だ。質でも負けてる上に数でも負けてる。客観的に見てもヒーローには勝てない。
ウサギを擬人化したような怪人はシャインイエローの猛攻で傷を増やしていく。倒されるまでもう間もなくだろう。
「どうする、介入して回収するか」
『ひひ、それは助手君の判断に委ねるぜ。好きにしてくれて構わない』
「そうか」
今回は仕事の開始時刻が何時もよりも遅い。ヒーローとの戦いに割って入って介入したとしても定時には時間がある。
それを踏まえて介入するメリットを考える。単純なモノで言えば戦力の低下を抑える事が出来る事だな。
マッドサイエンティスト曰く捕まえてきた素体の適合率が低く、怪人の数を揃えられていないと言っていた。ヒーローに勝てない怪人と言っても、貴重な人員という訳だ。
ボスは深く考えていないからか、人族など適当に攫って怪人にすれば良いという考えだが……今の状況では如何せん効率が悪い。たった数ヶ月でヒーローと怪人の数が逆転している現実を重く受け止めるべきじゃないか?
マッドサイエンティストはどのような条件が変異しやすいか考えているようだな。悪の組織の一員として俺も考えた方が良い気もするが、素体が人間という事もあって気が乗らない。
「ウチの!恋の!邪魔すんなや怪人!」
「イエロー?」
シャインイエローの声で思考が逸れていた事に気付く。今考えるべきは、介入するかどうかだ。メリットはこの際に一つでいい。逆にデメリットはなんだ?
頭に思い浮かんだのは『面倒』の一文字だ。単純過ぎる理由だな。ヒーローと戦うのが面倒。それに尽きる。
「今回は介入しない事にした」
『了解。怪人が一体減ったところで影響はないから助手君は気にしなくていいぜ』
「そうか」
その方が楽で助かる。
『今ヒーローと戦っている素体はある筋から怪人になる確率が高いと言われて求人の罠で釣った素体だ』
「なるほど」
『フォリ様からすれば必要なのはメソッドの確立であって素体そのものじゃない。だから気にするなよー』
マッドサイエンティストが語るある筋というのが気になる所だが、聞いた所で教えてはくれないだろう。
『でだ、助手君もどういった素体が怪人に変異しやすいか気になるだろ?』
「そうだな……」
『分かりやすい一例として、今回素体にして人間のプロファイルを読み上げるぜぃ』
何時になく楽しげなマッドサイエンティストに違和感を覚えながら、視線をヒーローと戦う怪人に向ける。
元の素体が女性だったのか、あるいは体型の問題か曲線のある体つきをしている。一言で言えば胸と尻がデカイ。
『年齢は25歳。性別は女性。家族構成は母親と妹の三人家族。父親及び祖父母は飛行機の墜落事故で他界。特にこれといって特別な経歴はなく、至って平凡に生きてきた。THE凡人ってやつだ』
「そんな奴はこれまでも沢山いたんじゃないのか? 変異しなかった者との違いはなんだ?」
『分かりやすいモノで言えば犯罪を犯しているかどうか、だな』
犯罪か……。
『今回の素体は捕まってはいないが不法侵入や万引き、学生の頃はイジメも過激にしてたみたいだな。社会人になってから減ってはいるが……目立つモノで言えば不倫か?彼氏がいるのに別の男と寝て、比べてたみたいだな。ひひひひ!』
楽しそう笑うマッドサイエンティストと対象的に俺の気分は急転直下だ。不倫、二股……その言葉に嫌な思い出が浮上してきそうだ。一時期トラウマになった程の悪夢のような出来事。
『おっと、そうだった。素体の名前を読み上げるのを忘れていたぜ』
「必要かそれ」
テンションが下がっているのもある。今はそんなクソ女の情報は聞きたくなかったが、そんな俺の反応すら楽しくて仕方ないのかマッドサイエンティストが笑う。
『素体の女の名は───』
不快だ。ただただ不快。そんな中マッドサイエンティストが言葉を続ける。
『五十嵐 祭』
マッドサイエンティストの口から紡がれた女の名前に、思考が止まる。
「いがらし……まつり?」
信じたくないという気持ちが声に現れていた。いつになく震える声は現実から逃げたくて仕方ないと言っているようで。
『おっと……そういえば助手君の元カノも……そんな名前じゃなかったか?』
そうだ。その名前は───俺の元カノの名前だ
プロファイルにある家族構成も全て一致する。あの無駄にデカイ胸も……元カノの名残だと思えば……。
『珍しい事もあるもんだな助手君、ひひひひ』
───不快だ。
マッドサイエンティストの笑い声も、今の状況も、そして元カノの存在に僅かでも動揺した俺自身が、不快で仕方ない。
『それで、どうする助手君? 』
「なにをだ?」
視線の先ではシャインイエローの猛攻にたまらず後退した怪人目掛けて、シャインレッドが必殺技を放とうと力を溜めているのが見える。
『怪人を助けるか?』
───元カノを助けるか?
暗にそう伝えるマッドサイエンティストの言葉に動揺はない。情などある筈もない。冷えきった心と共に言葉を吐き捨てる。
「役に立たない怪人はいらないだろ」
『ひひ、最高!』
───シャインレッドの大技で跡形もなく燃え尽きる怪人を見ても何も感じない。
そうだな……悪人なら、素体にしても心は痛まない。それにマッドサイエンティストが確立しようとしているメソッドで考えるならその方が効率が良い。
ありがとう……祭。ある意味で俺も前に進める。
「怪人の消滅を確認。帰還する」
『了解!気を付けて帰ってきな』
───悪の組織の怪人として、元カノの屍を踏み潰して進もう。悪の道を。




