IF. 何かがズレた世界線
テーブルの上に置かれた安物の囲碁盤。ゲーム開始から既に数分が経過しており、白と黒の石が四方に散らばっているのが視認できる。
展開は俺が不利。太陽ばかりが王手をかけ、俺は抑えるのに手一杯。
まだ三つ石が並んでいる箇所はないが、向かい側に座る太陽の笑み⋯⋯あれは何かあるな。盤上に潜む太陽の狙いはなんだ?
「───っ!!」
なるほど俺の意識を逸らして少しずつ準備をしていた訳か。だが、甘いな。気付いたからには止めさせて貰おう。
「なんで気付くねん!!」
黒石を囲碁盤に置くと太陽が後頭部をガシガシとかきながら文句を垂れる。太陽は俺が気付かないと思っていたらしいな。
「しゃーないな」
太陽の手が伸びて、白石が置かれる。盤上には三つ並んだ白石がある。これを止めなければ俺の詰みになる。俺が取れる択は一つか。
負け筋を潰す為に黒石を手に取ったタイミングで、部屋中に怪人出現を告げるアラーム音が響き渡る。
「どうする?」
「俺らはええんとちゃう? 場所は京都やし、向日葵と涼香はんが近くにおったやろ」
「そうだな」
俺らが出るまでもないかと、太陽の言葉に納得し『五目並べ』を再開する。俺が負け筋を摘むために黒石を置けば、また太陽の顔が歪むが気にはしない。
「なんで俺に気持ちよく打たせてくれへんねん⋯⋯」
「自分勝手過ぎないか、おい」
「颯斗のせいで泥仕合やで」
「ふざけろ」
顎に手を添えて唸る太陽を見ながら夏目がいれてくれた緑茶を飲む。体の芯に染み渡るような温もりと、緑茶の旨みにリラックスできる。
「怪人の出現と言えば、悪の組織のボスが全く表舞台に出てこんくなったなぁ」
「そうだな」
悪の組織が表舞台に現れたのは今から半年ほど前。それから間もなく俺たちが加入する『ヴレイヴ』が悪の組織を止める為に立ち上がった訳だが。
当初はヒーローの数が足りず世界各国で暴れる怪人の対応に手が回らなかった。
そんな中で、怪人と一線を画す強さを持つ悪の組織のボス───ユーベルが暴れるというのは、市民やヒーローからしても悪夢以外のなにものでもなかった。
当時の状況でユーベルの対応ができるヒーローは親父、ただ一人だった。それを理解しているからこそ、偽の情報で親父を釣ってユーベルが暴れるという単純な作戦でも、世界的に見れば大きな脅威だった。
ただ、ある日を境に悪の組織のボス、ユーベルが表舞台に出てくる事がなくなった。
「ただなぁ、他人事のように言っているが原因は俺たちだぞ」
「そうなん?」
囲碁盤に白石を置いた太陽が不思議そうにしている。これに関しては博士に指摘された時は俺も同じような反応をした。
「博士曰く、俺と太陽を恐れて出てこなくなっているそうだ」
「なんやそれ……」
俺も同じ意見だ。世界征服を掲げる悪の組織のボスが、ヒーローを恐れて表舞台に出てこないなんて特撮で放送された日には見るのを止めるぞ。
弱くて小物のような敵キャラがラスボスなんて見ていて面白くないからな。
「親父を釣って、他のヒーローをボコして調子に乗っていたところを俺と太陽に逆にボコられた。それがトラウマになって出てこなくなったんだろうってのが博士の見解だ」
「うそやろ」
「親父も同意していたな。ユーベルはどうも、俺たちが思っている以上に小物⋯⋯いや、子供と表現する方が正しいか」
実年齢は俺たちよりも上だと博士が言っていた。ただ、精神年齢は見た目通りに子供。
こっちの世界に逃げてきて、今までずっと親父たちに見つかるのを恐れて隠れ潜んできた。その生活の中で博士の母親が甘やかした結果、子供のように幼い感性を持つ暴君が生まれた訳だ。
「そうなると……俺のミスやな」
「なんだ、あの時逃がした事を後悔してるのか?」
「見た目が幼かったから、倒すのを躊躇した結果やん? あの時、颯斗の事を俺が止めてなかったらこの戦いに決着がついてた筈や」
あの時の状況を言うのであれば、俺と太陽では知っている情報が違うのも大きかった。俺の場合は家族という事で親父から詳細な情報を共有して貰っている。
事の始まりから、親父とユーベルの因縁。異世界のこと。それだけでも言いたい事は色々とあったな。
親父がもう少し上手く立ち回っていたら、こんな事になっていなかった……なんて言葉も吐き出す手前までいったが、所詮結果論だ。
親父からしてもユーベルや博士の母親が異世界に逃げるなんて想像も出来ない。相手が上をいった、それだけだ。
責めたい気持ちもあるが、精神的に弱っていた時に支えてくれた恩を忘れるつもりはない。俺を心配して母親と一緒に親父が俺の元を訪ねてきた、あの日をきっかけに人生は大きく好転した。
「俺の場合は親父からユーベルが逃げ回る可能性があると聞いていたからな……太陽が悪い訳じゃない」
「せやけど……」
「それに、ユーベルを倒したところで終わりじゃない」
博士の話では怪人を生み出しているのは博士の母親だ。ユーベルの細胞には人を怪人へと変異させる性質がある事が分かっているが、ただ細胞を注入するだけでは怪人には至らない。
何かしらの改造を施す必要がある。細胞を注入するだけでは怪人細胞が強すぎて変異する前に死んでしまう。
そしてもう一つ。細胞である以上、培養は可能。ユーベルを倒したとしても、怪人細胞が残っているのであれば博士の母親を殺さない限りは、怪人の被害は消える事はない。
「そう、博士は言っていた」
「そないな話、俺聞いてへんのやけど」
「ちょうどお前が向日葵と一緒に工藤先生と会ってた時に出た話題だからな。知らなくて当然だ」
「それやったら、後からでもええから教えてや!」
これに関しては俺が悪い。太陽にも伝えるつもりでいたが、何かと忙しくて忘れていた……なんて言い訳にもならないな。素直に謝ると、太陽が許してくれたが申し訳ない気持ちになった。
「そういう訳だ。あの時、ユーベルを逃した事を悔いる必要はない。逆に俺のせいだと責めてもいい」
「そないな事するか、アホ」
「そうか……」
「となると、ユーベルが出てくるまで待つしかないんやなぁ……」
結局行きつく先はそこだ。大元を叩こうにも、ユーベルは怯えてしまって出てこないし……そもそも元凶とも言える博士の母親の所在地を割り出さなければ解決には至らない。
親父たちが20年近く探しても見つからない相手だ。俺たちが探して見つかるような相手か?
「今は俺たちにできる事をしよう」
「せやなー」
囲碁盤に黒石を置く。これで俺の石が三つ並んだ。だが、太陽は阻止する事はせず、別の場所に白石を置いた。
「あっ」
「俺の勝ちや」
気付けば白石が四つ並んでいる。黒石を一つ置いても止める事は出来ない盤面……つまり、積みだ。
「負けか」
「これで俺の5勝目やな!」
今日の戦績だけで言えば太陽の勝ち越しだが、昨日は俺が勝っている。まだどちらが強いか優劣を決めるには早い。実力は互角だと言いたい。
「リベンジする?」
勝ちに酔ってるな。機嫌良さげにニヤニヤしている。腹が立つので再戦しようと思ったタイミングで、再びアラームが鳴る。場所は先程と同じ京都。
「今のは向日葵と涼香はんからやな」
「怪人が2人の手に負えないくらい強かったのか?」
「分からんけど、助けに行くのが先とちゃう?」
「そうだな」
机の上に置いた変身ベルトがチカチカと光っている。太陽に目配せすると、コクリと頷いたのを見て机の上の変身ベルトを腰に巻く。太陽の方は俺と違って既に装備していたらしく、準備は万端。
「ほな、行くでー」
「了解」
変身ベルトに素早く二回叩く。これで無線モードに切り替え。
「こちら『マスクザヒーロー サンライト』」
「こちら『マスクザヒーロー ムーンシャドウ』」
無線を入れると共に変身する。最初の頃は気恥しさがあったが、流石に慣れたな。
さぁ、行くか。
「「『サンシャイン』の応援要請を受け出動します」」
☆
暗い部屋。
光のない闇の中。
まるで我の心を映したようだ。
漆黒に染まる闇はどこまで行っても我の道を阻む。希望はないと、我の心を折ろうとする。
「おーい、ユーベル。そろそろ引き篭ってないで出てこようぜー」
部屋の外からフォリの声が聞こえたが、聞こえないフリをする。出ていっても無駄だ。何一つ好転していないに違いない。それならこの部屋で引き篭っている方がいい。これ以上傷付きたくはない……。
───どうしてこんな事になった?
我の計画は完璧だった。
唯一の脅威となる黒月 総一郎さえどうにかすれば、悠々とこの世界を手中に収める事が出来ると
「言ったのは貴様ではないか!フォリ!」
話が違う。
なんだあの化け物たちは!
今思い出しても腹立たしい。
否。
恐れている。
体が震えている。
我が畏れている?
「……ふはは」
脳裏に浮かぶ二人のヒーロー。白と黒、太陽と月。それらをモチーフとしたヒーローは我をまるで赤子のように扱った。
個々の力でさえ我に届くというのに、我に攻勢の隙すら与えないコンビネーション。この我が!ただただ圧倒された!
「話が違うぞ!!!!」
───『マスクザヒーロー サンライト』
───『マスクザヒーロー ムーンシャドウ』
どちらも身元は割れている。
その内の一人、黒月 颯斗は悪の組織に堕とす手筈だった。だというのに何故、ヒーロー側に付いている!!!
ここまでの脅威になるなど、我は聞かされていない……。
「蝶の羽ばたき、とでも言うべきかな」
部屋の外からフォリの声が聞こえてくる。静寂に包まれた部屋にはその声が良く響いた。
「何を言っている?」
フォリの言葉が理解できない。蝶の羽ばたき?
「本来なら黒月総一郎一人が息子の元へと向かう筈だったんだぜぃ」
それは聞いている。本来の予定では、そうなると筈だった。
フィクサーが黒月総一郎の思考を誘導していた。息子に会えば必ず戦いから遠ざける選択をする。そうなれば後は敷かれたレールの上を走るだけ。
「そうならなかったのは一つのミスがあったからさ。フィクサーの誤送信がな」
誤送信?
「本来ならターゲットの親友に送る筈だったメッセージをフィクサーは誤って母親に送ってしまったんだぜぃ」
「それで?」
「フィクサーは直ぐにメッセージを削除した。有した時間は2秒」
メッセージアプリの仕様上、削除されたメッセージは見ることは出来ない。まさか、削除されるまでの2秒間に見たというのか?
「こればかりは精霊を甘く見たと言わざるえないぜぃ。フィクサーも母親が精霊だという自覚がないから仕方ない」
「たったそれだけか?」
たったそれだけの事で、こんな有様になっているのか?
「蝶の羽ばたきと、言ったろユーベル?」
「…………」
「フィクサーがミスしたのは、単純な体調管理ミス。睡眠不足だ。それはフィクサーのミスだ。責めていいぜ」
使えない協力者だと、罵ろうと口にする前にフォリの言葉が紡がれる。
「けど、そうなった原因はフォリ様たちにある」
「我たち?」
「半年前だから覚えているか分からないが、黒月総一郎にやられた腹いせに東京で暴れたのを覚えてるか?」
「…………」
記憶を遡れば思い出せる程度のものだが、黒月総一郎が駆けつけるまでビルを薙ぎ倒して大暴れした覚えがある。その事を告げればフォリが笑う。
「その時の被害の対応に当たったのがフィクサーだった。表の仕事だなー」
裏で我たちと繋がっているとはいえ、フィクサーにも表の立場がある。
「かなりの被害だったらしく、寝ずの対応を強いられたってフォリ様の元に苦情が入ったくらいだぜ。不眠不休の復旧作業……その間も計画を進めないといけない。メッセージの誤送信も仕方ないと思わないか?」
「我の……せいか?」
声が震える。
「蝶の羽ばたき……ならぬ、竜の地響き。責めてはいないが、ユーベルが起こした行いが回りに回って事象を変えた訳だ」
言葉にトゲがあるのが分かる。フォリにとっても今の状況は好ましくないという事だ。
「ま、黒月総一郎の息子をこちら側に堕とせていればフォリ様たちが優位になったとも限らないが、厄介な敵が出来たのは事実だぜぃ」
「…………」
「だから苦肉の策を取る事にした」
どくんどくんと、心臓が鳴る。
背中に汗が伝う。
心がざわつく。
「ナハトとの約束を思えば、少しばかり胸が痛むが……」
暗い部屋に光が射す。
光を遮断する部屋の壁が溶けているのが分かった。
コツコツという音と共に部屋へと踏み込んできた見覚えのある者の姿に、我は心の底から恐怖した。
「これも全て理想の為」
翡翠の瞳と目が合う。
その目は我を見ていない。我を通して誰かを見ている。
「必要な犠牲だと割り切る事にしたぜ」
弧を描くフォリの口元が我の未来を案じさせた。
体が動いたのは防衛本能だ。我は自身を護る為にフォリを殺そうと動いた。
いつものようにブレスで焼き殺そうと息を吸った。だが───。
「何故、ブレスが吐けない!?」
口から吹き出るのは吐息だけ。ヒーローや人族を焼き殺す灼熱の業火はどれだけ力を込めても吐けない。
「ユーベルにフォリ様は殺せない。そういう改造を施している」
「我を、……殺すのか?」
「そんな真似はしないぜぃ。ナハトとの約束があるからな」
母様との約束?
フォリが浮かべる笑みは母様のように優しい筈なのに、その目は氷のように冷たい。
どれが本当で何が嘘か、我には分からない。
「それと、フォリ様は常にユーベルの味方だ」
「この状況で、我がそのような言葉を信じると思うか?」
「ひひ。言葉の意味が分かるように改造させてやるから、今はゆっくり眠れユーベル」
───フォリの言葉と共に視界が揺れる。意識が薄れる。
暗くて怖い闇に……また溺れる……。
「全ては星の為……そうだろ、ナハト」
サンライト(日光)




