VILLAINS SIDE 2 夢
暗い暗い闇の中。
どれだけ走っても果てはなく。
どれだけ空を飛んでも終わりはなく。
永遠と続く闇の中をたった一人で彷徨う。
───そんな夢。
『ユーベル起きて⋯⋯』
闇の中で唐突に響いた声は、聞き馴染みのあるもので⋯⋯、優しいその声に導かれるように我の意識は覚醒した。さりとて。
「目覚めは最悪だな」
ゆっくりと瞼を開いた先に映るのは夢と同じ暗き闇。
我を覚醒させた愛しき者は、目覚めた先にはいなかった。
光一つ入らない部屋の中にポツンと一人。
その現実が孤独感を増幅させる。
「何故、我は一人なのだ?」
───問いかけに答える者はいない。
「何故、心は晴れない」
───憎き仇をこの手で殺した。
「何故、満たされない」
───復讐を遂げた筈だ。だと言うのに。
「何故、心が枯れている?」
全て我の望む通りに進んだ。悲願を達成した。その筈なのに⋯⋯何も満たされない。何も変わらない。何も⋯⋯。
───最初から分かっていた。
復讐を遂げたとしても、失ったものは何一つ戻ってはこない。
黒月総一郎を殺したとしても、愛しき家族は返ってこない。
「母様⋯⋯」
───孤独から逃れる為にまた、我は夢を見る。
「ひひひ、エルフがこちら側に寝返ったぜぃ。これで敵対勢力は精霊と人族だけだ」
「ふふ、フォリは簡単に言うけど⋯⋯残っている相手の方が面倒なの分かってるかしら?」
───これは夢か?
「随分と警戒してるなナハト。怖いのか?人族が?」
「怖いわ。だって⋯⋯妾達を一度負かした相手よ」
死んだ筈の母様と、親しげに話すフォリ。
「大天才のフォリ様の記憶が確かなら、竜を負かしたのは神の筈だが⋯⋯」
「そうね。けど、神を動かしたのは人族よ。神を唆して⋯⋯竜たちと神との間に争いを引き起こした。竜王は確かに世界を支配したけど、神に逆らう気はなかったわ」
視界が揺れて、二人との距離が縮まる。
「だがね、きっかけというものは些細なものだヨ。『竜が神の座を狙っている』と⋯⋯信仰者の零した言葉を真に受ける神がいテ、未来を見据えた最高神が事を起こしタ」
頭上から聞こえた声に反応して視線を向けると、そこには死んだ筈の父様がいる。
「開戦の理由など何でも良かったのサ。最高神にとって増えすぎた生命を間引く理由が欲しかっタ」
「なるほどなるほど。竜は体良く利用された訳か。けど、わざわざ竜を利用するのは何でだ?」
「簡単よフォリ。神も一枚岩じゃないのよ。夫のように争いに反撥する神もいる。神同士で争い合うことを嫌ったからこそ、回りくどい手を打つの」
鏡に映る我は母様たちの会話の内容を理解出来ず、父様の腕の中で不思議そうに首を傾げている。
───幼き頃の我。
そう、これはかつての我の記憶。
深く深く刻まれた⋯⋯幸せだった頃の記憶の一ページ。
当時の母様たちの会話を我は聞いていた。
「そこまで言えば流石に分かるぜぃ。このまま争いが続けばまた人族が神に縋る⋯⋯そうなればまた神が介入する大義名分が出来る訳だ」
今と変わらない笑みを浮かべるフォリに、父様が補足するように言葉を続ける。何度も聞いたやり取りだ。
「そうダ、それは大きな意味を持ツ。この戦いに神の介入が少ないのは反対派の神が多いからダ。『竜戦争』が残した傷跡は最高神の想定よりも大きイ。神を纏める力を最高神は失いつつあル」
「けど、神の最大の信仰者である人族が縋れば神はまた纏まるわ。地上に対する影響力をまた持つ事が出来るもの⋯⋯」
「その根本にあるのはあまりに愚かな矜恃ダ。絶大な力を持つからこソ、崇拝される事が当たり前だと考えル。それ故に神は忘れ去られる事を忌み嫌うんダ。救いを求める者を無下にする癖にネ」
神の救済など、総じて神の為のものだ。
地上の者が神を忘れさろうとする時にだけ⋯⋯救いを与えて存在感を示す。
「神がクソってのが良く分かるぜぃ!地上の生物を間引くってのも、神の都合だろ?」
「そうダ。世界が壊れない為に増えすぎた生物を減らス。世界のバランスを取るのが神の仕事だからナ」
───神にとって都合の良い世界を創る。その為の間引き。
この戦いを機に神は母様に与する勢力を間引き、神を崇拝する種族だけに繁栄を齎すつもりでいる。
父様はその事に嫌気が差して神を裏切った。
「重要なのはその事ではないわ。戦いがこれから激化するって事を言いたいの」
「神が介入してくる訳か⋯⋯とはいえ、フォリ様たちでどうこう出来る話ではないからなー。いくら大天才とはいえ⋯⋯神を殺す武器や兵器を作るには時間が足りない」
「大丈夫よ、神の相手は妾と夫の二人でするわ。フォリには妾たちが神を抑えている間に地上を制して欲しいの」
母様も、父様も、フォリに対して絶大な信頼を置いていた。
幼い我には何故、フォリを特別扱いするか分からなかった。
だが、今なら分かる。
「そういう事ダ。頼んだゾ、フォリ」
「二人に頼まれたなら、仕方ないか。大天才であるフォリ様に任せておきな!ひひひひ!」
フォリは⋯⋯世界の支配者たり得る神でも竜でもない。ましてや特別な種族でもない、平凡な種族の産まれ。
「ところで、気になったのだけど⋯⋯フォリの今の発言、時間があれば神を殺す武器や兵器を作れる⋯⋯とも取れるのだけど?」
フォリ個人に母様のような力はない。
「ひひひ!時間さえあれば作れるぜ。大天才の親友を舐めるなよナハト!」
究極の頭脳───その一点だけで、フォリは神の領域に踏み込んでいる。
「ふふふ、聞いたでしょヴァジュラ? フォリに任せておけば大丈夫よ」
「そうだナ」
「妾たちに万が一があっても⋯⋯フォリがいればユーベルを導いてくれる」
母様の大きな手が我の頬に触れる。その様子を父様は優しい笑みを浮かべて見守っていて。幸せな一幕に映る⋯⋯小さな黒い影にいつも違和感を抱く。
「⋯⋯⋯⋯」
───幸せそうに微笑む父様と母様に冷たい瞳を向けるフォリ。
どうしてだ? 何故?
そんな疑問が浮かんでは消えていく最中に、氷のような冷たい瞳は何時もと同じ翡翠の光を取り戻す。
───見間違えか?
そうだ、そうに違いない。フォリがあんな冷たい目を向けてくることなど、これまで一度もなかったじゃないか⋯⋯。
いつものように、自分を納得させる。
「ユーベル、あなたが大きくなる頃には争いとは無縁の世界を創ってあげる。だから、今はゆっくり休みなさい」
鏡の中に映る我は眠たそうに目を擦っていた。その姿を見て母様がかけてくれる言葉から、大きな愛情が伝わってくる。もう受け取る事の出来ない⋯⋯失った愛情。
「母様⋯⋯」
その声は夢の中の我の声?それとも⋯⋯。
───視界がゆっくりと暗くなっていく。記憶の中の我が眠ろうとしている。
「人族がまた⋯⋯異世界から救世主を呼び出すかもしれないナ」
声が遠くに聞こえる。
「ひひ、何とかなるさ。前回と同じ程度なら対策は出来ているぜぃ。神や竜の領域に踏み込むような化け物じゃない限り対処は可能だ」
意識が薄れていく。
「心強いわね。それじゃあ地上の事とユーベルは任せるわよ」
「ひひ、フォリ様に任せておきな」
───夢が醒める。
「母様?」
ゆっくり瞼を開いた先に広がるのは暗き闇。夢で見た愛しき家族はそこにはいない。
小さく口にした言葉がいやに響く。
───誰もいない。
我の心を満たしてくれる者が、誰も⋯⋯。
「寂しい⋯⋯」
潤うことのない乾き。
───現実から逃れるように、復讐に全てを捧げた。
その代償が、これか?
「何もない。我には何も⋯⋯」
深く刻まれた記憶が現実を否定する。
『ユーベル?』
記憶の中に眠る母様の声が、我をまた眠りに誘う。
「我はただ、愛して欲しい」
母様のような無償の愛が欲しい。
孤独から逃れる為にまた、我は夢に溺れる。




