第四十一話 勧誘
俺の知り合いの中には『さとう』という人物が二人いる。片方はスーパーで働いている店員であり、接客対応の良さから俺の中では好感が高い。
片方はここ最近出会った苗字が特殊な方の『さとう』。ヴレイヴに所属するヒーローであり、シャインピンクを担当している。見た目が完全に世紀末作品に出てくるキャラ。ただ、見た目に反して好青年。
今の殺人現場にいて可笑しくないのは砂糖君の方ではあるが、残念ながら俺の目の前にいるのはスーパー店員である佐藤さんだ。
───派手に殺している。
これまでの死体も一種の芸術品のように解剖してあった。視線の先にある死体はまだ、殺したばかりな為か解剖途中。手際が良いらしく既に体を引き裂いて中から取り出したであろう臓器が地面に転がっていた。
日本の警察は別に無能ではないんだがな。
ここまで派手な犯行を行っていながら、証拠を残していないというのはかなりのやり手だ。
怪人騒動のせいで捜査が遅れているのはあるだろうが、マッドサイエンティストですら正体まで掴めなかった。証拠隠滅が上手い。だが、殺人鬼が持つ特有の拘りが特定へと繋げた。
彼が持つ拘りは───本物への挑戦。
1888年にイギリス・ロンドンに現れたとされるジャックザリッパーを模倣するように女性だけを狙い、殺人を繰り返した。臓器を取り出すのもジャックザリッパーの真似だろう。
そして、実際に起きたとされるイースエンドの犯行現場と東京の地図、これまでの犯行現場を照らし合わせる事で次の予定地を導き出した。
切り裂きジャックが持つ拘りがなければ、マッドサイエンティストですら正体にたどり着くことは困難。それほどの隠蔽能力を持つ、殺人鬼が正体を見られて取る行動は一つだ。
浮かべる笑顔の裏でナイフを握り直しているのが目視出来た。返り血のついた顔で、普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべて一歩一歩近付いてくる。
殺意は感じない。
スーパーで会った時の何ら変わらない雰囲気のまま、歩み寄ってきた佐藤さんは。
「お元気そうで何よりです」
殺意を一切見せず、俺の首をナイフで切り付けた。
ここまで殺意を抱かないのは見事の一言に尽きる。
容姿や雰囲気も相まって誰も佐藤さんが殺人鬼だと思わず気を許す事だろう。優しい声で挨拶され、人当たりのよい笑みに騙されそのまま殺害される。そういう末路を皆が辿る。
俺以外はな。
「えっ───?」
綺麗な顔が驚きに染まる。
殺した筈なのに。首を切り付けた筈なのに。そう言わんばかりに目を見開く。
普通の人間なら首をナイフで切り付けられれば致命傷だ。首に伝わる衝撃から見た目に反して力があるのは分かった。普通ならあの一撃で死ぬ。
だが、残念ながら俺は怪人だ。
適合率の低い怪人ですら既存の武器では傷を付けられない。ヒーローの一撃ならともかく、殺人鬼とはいえ一般人の一撃ではどれだけ急所を狙っても無駄だ。
「なんでっ!」
生粋の殺人鬼だな。逃げるという選択を選ばず、心臓を狙ってナイフを突き刺してきた。
服を刺したとは思えない金属音と共にナイフが根元からへし折れ、宙を舞う。見た目はスーツだが、ヒーローの攻撃にも耐える戦闘服だ。判断は悪くないが相手が悪かった。
「っ!」
得物であるナイフを失い、逃げ出そうとした佐藤さんの体を取り押さえる。力加減を間違えて、殺してしまうなんてミスはしない。
これまでの素体と同じように丁寧に対象の意識を奪い、力の抜けた体を担いでその場を後にする。その際に現場に残された遺体の処理も忘れない。
「こちらクロ、ターゲットの確保に成功。これよりアジトに帰還する」
『了解』
───椅子に座らされて、ロープで動けないように縛り付けられた佐藤さんが俺の目の前にいる。似たような光景を一度見たな。あの時はなかなかに目に毒な光景だった。
今回の場合は全身に浴びた返り血のせいで、別の事件性を感じさせる危ない光景ではあるがな。
『戻るのはあと10分ほどかかると思うぜ』
「了解」
捕らえてきた佐藤さんを怪人へと変異させる為に、質の良い怪人細胞を採取しにマッドサイエンティストがアジトを離れている。
普通の素体であればそこまで面倒な手間はかけないが、佐藤さんの場合は俺とマッドサイエンティストの期待値が高い事もあり、注入する細胞まで厳選するようだ。
ただ、怪人細胞の持ち主であるボスが絶賛引きこもり中なのでもう少し時間はかかるだろう。
「あれ、わたし⋯⋯」
そうこうしているうちに意識を取り戻した佐藤さんが顔を上げ、キョロキョロと周りを見渡す。やがて真正面に座るに俺に気付き、状況を理解したのか困ったように眉が下がる。
「黒月さんがわたしを捕らえたんですね」
「そうだ」
「警察に引き渡すんですか?」
一般人であれば殺人鬼への対応など一択だ。佐藤さんが言うように現場でそのまま警察に連絡する。それで迷宮入り待ったナシの事件も解決だ。
もっとも、今回佐藤さんを捕らえたのは名探偵でも正義の味方でもない。悪の組織の幹部。警察に引き渡すなんて勿体ない真似はしない。悪には悪なりの使い方がある。
「安心しろ、警察に引き渡すつもりはない」
「その言葉を信じろと?」
「なら、安心出来るように自己紹介をしようか」
椅子から立ち上がり佐藤さんの近くまで歩み寄り、懐にしまっておいた仮面を取り出す。分かりやすいようにゆっくりとした動作で仮面を被り、腕を広げて少しばかり大袈裟に口上を述べる。
「お前の目の前にいるのは正義の味方ではない。お前と同じ、いやそれ以上の巨悪。悪の組織の幹部が一人⋯⋯ここはあえて、ヒーロー共が名付けた悪名で名乗ろうか」
世界の巨悪が誰かと問われれば、世間一般の者は悪の組織を指し、ヒーローだけでなく世界に多大な被害を齎したボスを恐れる。
対して悪の組織の幹部である俺の情報は一切世間には知られていない。
ボスのように目立つ行動をしていないのが大きな要因だろう。破壊活動よりも素体の確保や、邪魔をするヒーローの排除がメインだからな。
ただし、それは世間一般の評価。
妹曰く、『ヴレイヴ』に限った話でいえば、俺とボスの評価は逆転しているそうだ。
───ワールドを倒した世界最恐の怪人。
「『仮面の怪人』と」
「悪の組織の幹部⋯⋯」
名乗った事で警戒が少し解けたのが分かった。噛み締めるように呟いた一言からはこちらに対する畏怖が伝わる。
「知っての通り俺たちは世界の敵だ。だからこそお前の理解者になれる」
「わたしの⋯⋯理解者?」
瞳が揺れる。
「世界は異端を排除する。生きる為には自分を偽るしかない。そのために笑顔の仮面で狂気を隠し、殺意という名の欲望を理性で抑えた。だが、我慢出来なかったんだろう?」
「わたしは⋯⋯もっと自由に人を殺したい」
ポツリと零れた言葉から彼の本質とも言える邪悪さが感じ取れる。普通の感性ならば危忌する性質。理解されない苦しみは俺もよく分かっている。
───佐藤さんに手を差し伸べる。
「俺の仲間になれ切り裂きジャック。俺はお前の全てを肯定しよう」
高揚した頬。弧を描く口元。狂気に満ちた表情が返答だった。




