第三十九話 来訪者
「ソレ、折ったのか先輩」
「あぁ、鬱陶しいからな」
金色に光る程度ならまだ許す事は出来たが、夢の中に出てきてまで干渉してくるのは流石にウザイ。オマケに出てくるのはママを自称する異常者だ。
二度と俺の前に出て来れないように、聖剣をへし折った。
聖剣と呼ばれるだけの強度はあったな。夏目が折ることが出来なかったのも頷ける。これで二度と俺の前に現れないと信じたいが⋯⋯。
「まだ光ってるぞ」
「そのようだな」
ボスが踏み砕いても元に戻っていた事を考慮するべきだった。剣をへし折る程度では破壊する事は出来ないと考えた方がいいな。
跡形も残さず消し飛ばずには怪人細胞の力を引き出す必要がある。ただ、この場では無理だ。1度アジトに移動してから、周囲に何も無い場所へ移動するか。
「あっ!」
「ん?」
───聖剣が消えていく。
色素が薄れていくように少しずつ透明になり、最終的には最初から何もなかったように消えていた。
壊れたとは思っていない。聖剣が逃げた、と表現するのは可笑しいがこの場から消えたのは確かだ。
俺の判断ミスだな。
感情に任せて直ぐにへし折るのではなく、破壊が可能な状態で行動を起こすべきだった。
───ただ一つ気掛かりなのは、親父が聖剣を護ろうとした事だな。
身を挺して聖剣を護った事で親父は戦う事が出来ないほどの重症を負った。聖剣に修復機能が付いていると知っていたなら護る必要はない。
つまり、あの時点なら壊す事が出来た可能性が高い。
そして、あの女は聖剣に親父の魂が宿ったと言っていた。親父の魂が宿る事で聖剣が強化されたと考えるべきか。
死んだ人間の魂が宿る剣。見方を変えれば魂を取り込む剣とも言える。聖剣と言うよりは呪われた剣だな。
あの剣を使って親父を殺したのが過ちだったか。いや、どの状況で魂が宿るかが分からない以上、あの時の選択が間違いであったとは断言できない。
とはいえ短絡的な行動を取ったと反省するべきだ。気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐く。
「まぁいい。夏目は今から仕事だろ?」
「あ!うん。オレ様は今からアジトに出勤して、怪人の素体を確保する予定だ。先輩は?」
「以前言ったと思うが、俺の今日の作戦は夜中に決行される。アジトに出勤するのは夏目と入れ替わりになるだろう」
「そっか⋯⋯先輩と一緒じゃないのか」
あからさまに残念がっている夏目の背中を軽く叩き、『俺がいない間の業務は頼んだぞ』と声をかけておく。
それだけでやる気を出してくれるのだから、単純で助かる。
「お昼ご飯とかは作り置きしてあるから、それを食べてくれ」
「分かった」
「それじゃあ行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃい」
それはもう嬉しそうな表情で夏目が飛び出していった。
夏目に関しては心配はいらない。俺がいなくても真面目に仕事をこなしてくれるだろう。
「さて、どうするか」
金曜日の夜に現れるとされる現代の切り裂きジャックの捕縛が、本日の俺の仕事だ。つまるところ夜までは時間がある。
自由時間はあるが、特に予定はないな。
マッドサイエンティストにボスのメンタルケアを頼まれているが当の本人が今は誰とも会いたくないと閉じこもっている。
無理矢理にでも会う事は出来るが⋯⋯今すぐと言うよりも、本人の心の整理が少しでも出来たタイミングで会う方が手間が少なくて済むだろう。
あまり下手な事をすると依存されるしな。
過去の経験から判断し、ボスのメンタルケアは三日から四日後を予定している。そんな訳で現状は暇を持て余している訳だ。
夏目が家を出てから30分ほどテレビを見たりして時間を潰していたが、流れる映像の多くは先日のボスの演説に関するもので、特別面白い放送はしていない。
国同士の探り合いは水面下で行われている事が殆どな為、テレビで放送されるような事はまずないだろう。
また、ボスの演説が流れて間もないのもあり、世界情勢はそれほど荒れてはいない。あの演説は遅効性の毒のようなものだ。時が経てば大きな意味を持つ。
「ん?」
───ピンポーンと、インターホンが鳴った。
誰だ?今日は来客の予定はなかった。心当たりがなく、そのまま無視していると再びインターホンが鳴る。
何度も何度もしつこいくらい鳴り響くインターホンの音に嫌気がさし、仕方なく椅子から立ち上がって玄関へと向かう。
古いアパートなのでモニター付きドアホンなどというハイテクなものは備え付けられておらず、扉の覗き窓から来訪者を確認する。
───見知った顔が、そこにいた。
ウェーブのかかった金髪のサイドテール。大きくぱっちりとした青い瞳。それと、つけまつげに、アイシャドウ⋯⋯派手めのメイクのせいでギャル感が以前より増している。
相変わらず露出多めの服装を着ているな。小麦色の程よく焼けた肌を見せつけるようなショートパンツに、オフショルダートップス。露出が多いと親父が何度か注意していたのを思い出した。
玄関の前に立つ人物の名は黒月理保。俺の妹だ。
だが、なぜこの場にいるのかが分からない。絶縁をされて以来まともに連絡を取り合っていない相手だ。
今は平日の8時過ぎ。会社によって異なりはするが、仕事で家を空けている人間の方が多いだろう。俺が家にいるのもたまたまだ。本来であれば家にはいない。
───再びインターホンが鳴る。
妹が迷いもなくインターホンを連打している。俺が家にいると分かっていなければ出来ない行い。どういう訳か妹はこの時間に俺が家に居ると知っている?
まさかと思い、メッセージアプリを開いて太陽に連絡する。
俺が今日の午前中休みな事を知っているのは夏目やマッドサイエンティストを除けば太陽だけだ。
電話ではなくメッセージだけのやり取りではあったが、普段と違う不自然さはあった。直近の休みを聞かれたので軽い気持ちで返したが、それが妹の来訪に繋がったようだ。
───多分、親父の死が関わっているな。
メッセージから感じた違和感の正体はそれだ。太陽がヒーローとして日本支部に所属している以上、親父と顔を合わす機会が必ずある。
日本支部の司令官にして最強のヒーロー『ワールド』が俺の親父である事を太陽も知っただろう。
そして、親父が仮面の怪人の手で殺された事も知ってしまった。だが、ヒーローには守秘義務がある。
太陽からすれば俺は全くの無関係の人間だ。親父がヒーローをしている事も知らないと思っている。親父の死を俺に伝えたいが、守秘義務があるので伝えられない。そんな葛藤のせいでメッセージが不自然なものになった。
「⋯⋯はぁ」
俺が送ったメッセージに既読がつき、直ぐに太陽から返信が返ってきた。やはりと言うべきか、妹に俺の日程を伝えたのは太陽のようだ。
思わずため息が零れる。
その音をかき消すように再びインターホン音が鳴り、仕方なしにドアを開くと俺の顔を見た妹が笑みを浮かべた。
「やっほー。あーしが会いに来たぞ。あ・に・き!」




