第三十六話 方向性
───翌日のお昼過ぎ、案の定というべきか先日の奥の手が影響して全身が筋肉痛である。
マッドサイエンティスト曰く、身体の限界まで負荷をかけておいて筋肉痛で済んでいる方が可笑しいらしい。本来なら怪人細胞の力に体が耐えきれず爆発四散するとか何とか。
身体スペックの高さと怪人細胞の適合率の高さが為せる技だと言っていたが、間違ってもウルフやロビンソンには教えるなと釘を刺された。言われなくても教える気ははなからないんだがな。
「⋯⋯はぁ」
先日のマッドサイエンティストとのやり取りを思い出し憂鬱な気分になった。思わず吐いたため息に反応してパタパタとスリッパの音を鳴らしながら夏目が近寄ってくる。
「大丈夫か、先輩?」
「心配するほど酷くはない」
「けど、今まで見た事ないくらい辛そうだぞ」
椅子にもたれかかって動けないでいる俺を心配そうに覗き込む夏目に問題ないと、手をプラプラと振るが余計に心配そうにしている。
普段弱った姿を見せないのもあって心配で仕方ないらしい。朝からずっとこんな調子で自分の家であるにも関わらず居心地が悪い。
「使った技の負荷で、全身が筋肉痛のようになっているだけだ。一日もすれば元に戻る」
「本当か?」
「夏目に嘘をつく気はない。だから安心しろ」
前回使った時は治るまでちょうど一日かかったな。少なくともあと半日は筋肉のこわばりと、痛みに苦しめられる訳だが⋯⋯夏目が何度も心配するほど重症ではないのは確かだ。
それに俺の気分を害している要因は筋肉痛などではない、アジトに帰った後にしたマッドサイエンティストとのやり取りと、朝早くからきた連絡のせいだ。
長々とした話を三時間近く聞かされて、宗教戦争のような争いが場所を変えてこの世界で行われている事は分かった。親父が大きく関わっている事もな。
話を聞いて最初に思ったのは、よく生きていたなという率直な感想だ。
今でこそボスに好意を持たれている自覚はあるが、悪の組織の一員となった当初はそうではなかった。ボスが操れない怪人というのもあって、明らかに警戒されていた。
それは両親を殺した仇敵の息子という立場を加味すれば仕方ない事だ。むしろ殺した方がいいまである。
親父に対する嫌がらせが目的だったからボスに殺されなかった訳だが何とも複雑な気分だ。親父がやらかしてさえいなければこんな事にはなっていなかった。聞かされる立場の事も考えてくれ。
まぁ、そもそも原因は異世界の神だ。少なくとも神が人間に『異世界から救世主を呼ぶ術』なんかを授けなければ竜と神との争いで事は終わった。
過ぎたる力を人間に授けたせいで事は大きくなり、異世界だけで終わらずこの世界にまで戦いが広がってしまった。本当に余計な事をしてくれる。
───親父も親父だ。戦いを終わらせる為に種族を滅ぼすとかいう最悪な手段を選んだにも関わらず、最後の最後でボスを逃すという悪手を決めた。遺恨を残すな。遺恨を。
俺たちの世界に逃げ込んだボスとマッドサイエンティストにも問題はあるが、親父がしっかりと殺しておけばこんな事にはなっていない。
既に死んだ人間に文句を言ったところで意味はないがな。所詮タラレバだ。過去の過ちを責めたところで現状は何も変わらない。
重要なのはボスの目的の一つに親父への復讐があるという事だ。昨日の話し合いの時点で懸念はされていたが、やはり当たるものだな。
朝早くからマッドサイエンティストから一本の連絡があった。その内容というのがこれである。
『ボスが燃え尽きているから、メンタルケア頼んだぜぃ』
あまりにふざけた話で、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったほどだ。
言ってしまえば復讐を遂げた事で満足してしまった。これまでボスの行動の原動力になっていたのは両親の仇である親父への復讐心なのだから仕方ないといえば仕方ないが。
最初に掲げた世界征服という野望は道半ば、それに異世界にいる人間達にも復讐するつもりでいるんだろ?にも関わらずトップであるボスが燃え尽きている。
───ボスの考えた計画は杜撰。先行きは不透明。
マッドサイエンティストが頭脳を担当することでどうにか形にはなっているが。
「面倒だな、本当に」
先日、マッドサイエンティストが俺に話した内容が全て真実であるとも限らない。話していない事も隠している事も多々あるだろう。
気を許していけない類の女だ。
ボスを裏で操っている黒幕って言われても違和感がないくらいな。
「なぁ、夏目」
「うん?」
「お前は組織と、俺の二択を迫られればどちらを取る?」
「もちろん先輩に決まってるだろ!」
「そうか⋯⋯」
花が咲いたような笑みを浮かべる夏目から視線を外して天を仰ぐ。
───正直に言ってマッドサイエンティストがボスを操っていようが、組織としての形となり野望を遂げるのであればトップが神輿であっても問題ない。
ただ、その操る対象を俺にまで向けている事が気に食わない。
アイザックの件で口を割らないのも裏があるようにしか思えない。今のままではダメだ。
「ボスを変えるか」
すげ替えるという意味ではないが、今のままでは全てマッドサイエンティストの思うがままだ。
ボスを『矯正』して、トップに相応しい人物に成長させる。それが最も真っ当に組織が成長する道。
今のボスを作ったのは親父とマッドサイエンティストの二人だ。復讐に心を囚われ、何をするにしても助けてくれるマッドサイエンティストの存在が成長を妨げた。
都合がいいことにボスは復讐を遂げた事で燃え尽きている。そして俺に対して好意を抱いている。
───面倒ではあるが、組織の改革から始めるしかないだろう。
「ん?」
視界の端で光が走った。
「俺を救うとでも言うのか親父?」
壁に立てかけられた白銀の剣が金色の光を放っていた。




