HEROES SIDE 3. もう一つの世界I
───あかん、暇や。暇で死にそうやわ。
壁に掛けられた時計を確認したら、今の時刻が21時18分って事が分かったんやけど、スマホを確認しても連絡はきてへん。
部屋の中の見渡しても俺以外誰もおらへんし、静かすぎる空間が居心地悪くて仕方ないんやけど。どないなってんねん。
「えー、約束の時間20時30分やったよね。もう40分くらい待っとるんやけど」
俺の記憶違いを疑ったけど、スマホに届いてるメッセージには20時30に会議室に集合ってきてはるわ。見間違いではないわ。日付も時間もちゃんと!合っとる!
なのに来てへんのはどういう事なん?
そのまま連絡でも入れてやろうと思い、連絡先から選択して通話ボタンを押すと後ろの方から着信音がした。
「え?」
思わず振り返るとスマホに耳を当てながら扉を開けて入ってくる博士の姿が!
「って!!どんだけ待たせるんですか!」
「いやー、悪いね。僕様も今忙しく忙しくて。太陽君との約束を忘れていた訳ではないゾ」
あかんあかんあかんあかん。スマホからも博士の声が聞こえてきて、声が被って気持ち悪いので慌てて通話を切る。
今の声のニュアンスは、絶対に俺との約束忘れとったな!まだ短い付き合いやけど、何となく分かるで!
待たされた分の文句を言いたい気持ちはあるんやけど、目の下に出来た隈を見ると喉元まで上がってきた言葉が消えていく。
嘘やないんよね。ヒーロースーツを作ったり、整備出来はるのはこの人だけやから文字通り休む暇がないんやと思う。
今は人材の育成に力を入れてるそうなんやけど、まだまだ時間がかかるみたいやわ。
「まぁ、ええですよ。どうせ俺も不測の事態に備えて待機を命じられてたんで」
博士との約束がなくても拠点での待機は確定やったし、どの道待つことは変わらんのよな。
イギリスで大規模作戦があるとかで、日本支部の司令官はんが指揮を執っているとかどうとか。
最悪の状況を想定して、後詰め要因として日本支部のヒーローが待機を命じられているんよ。
本音を言えば俺も参加したかったわ。今回の作成の標的はあの仮面の怪人や。高橋はんの仇を打つために参加したいって懇願したけど、俺にはまだ早いんやと。
変なところで融通効かへんよな。
颯人のオトンってあんな頭硬い人やったっけ? 厳しい人なのは知っとったけど⋯⋯。
「あー、そっか。太陽君は総一郎に待機するように命じられていたのか。一緒に連れていけば作戦の遂行が楽になったと思うんだけどね」
「博士もそう思う? 俺かて参加したかったんよ」
「大事な大事な息子の親友やから無理させたくなったんだゾ。まだまだ甘いな総一郎は」
口元に手を当てて博士が上品に笑う。美しい笑顔に思わず見惚れてしまったわ。
───それにしてもびっくりしたで。
今日の朝、初めて日本支部の司令官はんと会ったんやけど、颯人のオトンやってん!傍に颯人のオカンも居ったし、驚きの連発やったで。
時間がないとかでゆっくり話は出来へんかったけど、なんで颯人と絶縁したかは気になったから聞いたんよ。
厳しい人、冷たい人、って印象は確かにあったけど⋯⋯しっかり颯人に対する愛情を持っとったから安心したわ。
せやけど、不器用過ぎると思うで。悪の組織との戦いに颯人を巻き込ませない為とはいえ、やり方があかん。
色々と悪い事が重なって落ち込んでる颯人に絶縁するって突き放すのはやりすぎやって文句言ってやったわ。後から失敗したって後悔してたらしいけど⋯⋯。
颯人やってもう大人やで。しっかりと話せば伝わるわ。その流れで俺にも『ヴレイヴ』に加入して欲しくなかったって言うのはやめてや。
俺が死んだら颯人が悲しむとか、どんだけ颯人の事好きやねん。
愛情はあるのに行動が全部裏目になってるのは笑えんわ。 颯人のオカンも横でクスクスって笑うんやなくて、止めてあげーや。
そんなんやから親子の関係が拗れるんやろ。
最終的には颯人との仲を取り持って欲しいって言われたけど、それは自分でどうにかしてください。関係が悪くなったんは自業自得や。
ちゃんと颯人に謝って、二人で顔を合わせてしっかりと話をしたらええ。颯人も颯人のオトンも言葉が足りなさ過ぎるんよ。
そこまではっきりと言ってやったら、あからさまに肩を落としとったな。その後直ぐにイギリスに向かってはったけど、大丈夫やろうか?
大規模作戦の指揮執るらしいけど、影響出んかったらええな。
「まだ作戦は遂行中なんやろ?」
「そうだね。仮面の怪人との交戦を開始するって報告を受けたそうだ。まぁ、総一郎の実力なら何とかなるだろうさ」
博士は颯人のオトンの事をえらい信頼しとんやな。どういう関係なんか気になるけど、踏み込み過ぎるんもアレやな。
「さて、太陽君との約束を果たすとしようか。その為に仕事は切り上げてきたからね!僕様が太陽君が気になっていた悪の組織について解説してあげるゾ!」
「お!頼んます!」
ようやく本題やね。
俺の隣に腰を下ろした博士が、机の上に持ってきたクリアファイルを置いてペラペラと捲っている。広辞苑より分厚かったんやけど⋯⋯これは長くなるな。
勉強とか苦手なんやけど、俺からお願いした事やし、しっかり聞くで!高橋はんも良く言ってはった。戦いにおいて大事な事は相手を知る事やって。
俺は悪の組織について知ってる事が少な過ぎる。組織の全容も分からんし、怪人についても詳しくない、組織の目的も分からん。あまりに無知すぎる。
せやから博士に悪の組織について教えて欲しいってお願いしたんよ。忙しい人やから断られるかと思ったけど、二つ返事で了承してくだはった。
博士が忙しい中、時間を作ってくれたんや。この時間を無駄にしたらあかん。
「悪の組織について話す前に、僕様の世界の事を話さないといけない」
「博士の世界?」
「そうさ!聞いて驚くなかれ!僕様はこの世界とは異なる世界からやってきたんだゾ!」
「おー!」
反応が薄いゾ!と博士が文句を言ってはりますけど、悪の組織の怪人やったり、ヒーロースーツを間近で見とると異世界から来たって言われても違和感ないんよな。むしろ納得してしまうわ。
だって、今の技術では到底なし得ない事が起きてんやで!人を怪物に変える細胞もそうやし、着るだけで超人になれるヒーロースーツも大概非現実や。
加えて、博士の研究室に見た事がない鉱石とかゴロゴロ落ちてんねん。聞いたらオリハルコンとかアダマンティウムとかゲームで聞くような名前が次々に出てくる。
異世界から来た? その方が今起きてる非現実を受け止めやすいわ。
「異世界から来たってのは分かったわ。わざわざ話す理由も悪の組織が関係あるからやろ?つまり悪の組織は異世界から来た侵略者って事や」
「間違ってはいないけど、話はそんな単純なものではないんだゾ」
どういう事やろうか?
頭に疑問符が浮かぶ俺に博士は開いたクリアファイルのページを俺に見せる。
───ドラゴン?
クリアファイルに挟まれた紙には巨大な竜の絵が描かれており、人のような生物が竜に頭を下げている。竜を崇拝しているのがこの一枚の絵から伝わってくる。
「悪の組織との戦いは遙か昔から続く人間との因縁が、根本的な原因なんだゾ」
「人間との因縁?」
「そうだゾ。だから、僕様の世界について順を追って話すゾ」
博士がクリアファイルの絵を指さす。俺が真っ先に視界に入れた竜の絵や。
「僕様の世界はかつて竜によって支配されていた」




