第三十三話 奥の手
───ワールドが振るう剣、注意するべきは宝玉の光の色だ。
ブレイドに埋め込まれた宝玉の光の色によって、あの剣の動きが違う事を理解した。ゲーム風に言うのならば剣が保有する能力というやつだろう。
青い光は『伸縮』。確認できる限りでは50メートル近くまで伸び、剣に魂が宿っているからか生物のように追ってくる。この剣の動きに合わせて、ワールドが光弾を放ってくるパターンが面倒。
赤い光は『飛ぶ斬撃』。これが一番対処は簡単だ。斬撃が飛んでくるのは剣の軌道と同じ。遠距離攻撃かつ、剣の切れ味をそのまま乗せたような斬撃は脅威の一言だが宝玉の色でどういう攻撃か読める。躱すのは難しくない。
黄色の光は『閃光』。もっとも厄介な能力は間違いなくこれだ。閃光弾のような強烈な光を剣が放つ。たったそれだけだが、対処を誤れば目を潰される。
初見で対応出来てたのは運が良かったとしか言いようがない。ただ、何故かは知らないがこの能力は多用しない。使ったのは一度だけだ。
緑色の光は『治癒』。剣の光が所有者であるワールドを包み込み、受けた傷を癒すというシンプルな能力。面倒なのはヒーロースーツすら修復する点。無機物まで回復出来るのは如何なものかと思う。
それに加えてワールド本人のスペック自体が非常に高い。最強のヒーローと名を馳せるだけはあるだろう。拳、蹴り、光弾、そのどれをとっても速く、そして馬鹿げた威力をしている。
拳の一撃を腕で受け止めたが、それだけで戦闘服であるスーツの袖が消し飛び、鈍い痛みを与えてきた。次に同じ箇所で受け止めれば間違いなく骨が折れるか、腕が消し飛ぶ。
回復能力を所有するのもあり、ゲームで出てきたら間違いなくクソキャラ認定させるようなスペックだ。最優先すべきは聖剣の破壊だな。あの剣がある限り、ワールドに与えたダメージは全て回復される。
首か頭を狙って一撃で仕留めてもいいが、それを許してくれるほど甘い相手ではない。相手もどの攻撃を受けるか、避けるかを明確に判断している。その判断が非常に早く的確。
───ボスが一方的にボコられる相手だと納得した。
言っては悪いがボスはスペック頼りの戦いしかしない。それだけでヒーローを蹂躙できる強さではあるが、巧みな技術で攻めるワールドには通用しなかった。
だからと言って俺の技術が通用しているかどうかで問われれば、通用していないと言わざるを得ない。小細工を使って一撃を入れたがそれが決定打にはなっていない。直ぐに傷は回復されたしな。
このヒーローは回避と防御がとにかく上手い。攻撃の最中でも危険と判断すれば直ぐに回避を選ぶ慎重さも、ワールドの強さだろう。
「面倒な相手だな」
『そりゃ世界最強のヒーローだ。簡単には倒せないさ』
正直に言ってこのまま戦えばジリ貧だ。こっちの攻撃は当たらず、あっちの攻撃を受け、当たり所が悪ければそれで終わり。
ここまでのクソゲーを強いてくるヒーローと戦うのは初めてだ。本当に面倒だな。
『ひひひ、死にたくなければ助手君も奥の手を出すしかないんじゃないのか』
「軽く言ってくれるな」
ワールドが振るった剣の軌道から飛んできた三日月のような斬撃を躱しながら、思考を巡らせる。
マッドサイエンティストが言うように奥の手を使えばワールドを倒す事は可能だろう。ただ、奥の手というのは相応のリスクがあるものだ。
俺の場合は使うと翌日、筋肉痛でまともに動けないという大きなリスクがある。
明日は休みになる予定だが、貴重な休みを筋肉痛で動けないまま費やすのは如何なものか⋯⋯。
『迷ってる助手君に報告だ。ポチがやられたぜ。流石に数が多すぎたなー。善戦はしていたが、数で押し切られてリタイアだ』
「その言い方だと、死んではいないな」
『そりゃそうさ。フォリ様がしっかり見ているんだ。危なくなったら転移させるさ。助手君にも同様の対処ができる。後のことを気にせずに全力で戦えよ』
───悩む事自体が間違いか。
下手をすればこちらが死ぬ。明日の筋肉痛を懸念している場合ではないな。
「仕方ない。やるか」
───身体中を流れる怪人細胞に意識を集中する。
血が巡るように体を巡る力の奔流。
普段は抑えているその力を、蛇口を捻る感覚で少しづつ増やしていく。
その度にドクンドクンと心臓が強く脈を打つ。
───俺が今行っている行為は、言ってしまえばリミッター解除のようなものだ。
人は普段から無意識のうちに力を制限しているとされている。常に100%の力を使えば筋肉や骨が壊れてしまう為、脳が安全装置としての役割を果たし、力を制限している。
怪人細胞も同様だ。強すぎる力は身を焦がす。怪人細胞に適合できない素体の多くは、強すぎる力によって体が崩壊している。
今だけはその制限を解除し、最強のヒーローを倒す。ただ、それだけの為に怪人細胞から力を引き出す。
「ぐっ───」
怪人細胞が持つ『力』の奔流に体が悲鳴を上げている。
明日は間違いなく筋肉痛になるな。嫌気が差す。
「まったくもって、割に合わない仕事だ」
───八つ当たりに近い苛立ちをぶつけるように、ワールドへと接近して拳を振りぬいた。
◇
「おいおい、一方的じゃないか」
先程までの苦戦はどこへやら。奥の手をきった助手君があの金ピカを相手に一方的に攻撃している。
なんともまぁ胸がスカッとする光景だ。
ワールドが最大の武器としている『経験』と『技術』。それをただの肉体の『スペック』だけで押し切っている。
助手君が行った事は単純だ。肉体強度のギリギリまで力を引き出す、それだけのこと。
言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、一つ間違えればその力の奔流に体が耐え切れず内側から崩壊する。
力の扱いに余程の自信がなければ出来ない事だぜ。
「⋯⋯おぇ⋯⋯」
───吐きそう。
思わず口を抑える。助手君の動きが速すぎて見ているこっちがついていけない。脳の処理が追いついていない証拠だな。正直に言って酔ったぜ。
グルングルンと視界が変わる光景に脳が混乱しているのがよく分かる。仮面越しに戦闘を見ているフォリ様の事を少しでも考慮して欲しいな。
「おっ!」
助手君が金ピカが大事にしている剣を弾き飛ばした。大きく弧を描いて飛んでいった剣は地面に無造作に突き刺さる。
大事な大事な仲間の魂が宿った剣だ。今直ぐにでも拾いにいきたいのがビシビシと伝わってくるな。
助手君の猛攻を凌ぐので精一杯の今の金ピカにそんな余裕はないだろうがな。
『ぐっ───』
助手君の蹴りで金ピカが吹き飛ぶ。直ぐさま追撃を仕掛けるかと思ったが、助手君が選んだ手段は別だ。
助手君はその場で垂直に飛び上がり右手を頭上に掲げた。
それだけで助手君が何をするかフォリ様は理解したぜ。『アルカトラズ島』のように金ピカを消し飛ばす気だ。
フォリ様の考えは見事に当たり、禍々しい力の塊が巨大な球体となって出現した。
大きさ『アルカトラズ島』で使ったものよりも小さい。10メートル、いや20メートルくらいか。
今度の標的は島ではなく、人間だ。大きさはそれで十分と判断したのだろう。
金ピカもまた、助手君が作り出した『破壊の力』の脅威をよく分かっている。その一撃を受けない為に、即座に距離を取ろうとした。
『いいのか、大切なもの⋯⋯ぶっ壊れちまうぞ』
───助手君の言葉に狙いに気付いた金ピカが、慌てて地面に突き刺さる聖剣の元へと駆けた。
聖剣を目掛けて放たれた『破壊の力』は真っ直ぐに対象を壊す為に突き進む。
仮面越しに見える光景で、聖剣を護るように金ピカが割って入るのを確認した。
その直後、『破壊の力』は着弾し巨大な爆発を巻き起こす。
島一つを消し飛ばす威力の一撃。
まともに喰らえばいくらあの金ピカと言えどタダでは済まない。
爆発によって巻き起こった砂煙が消え去った先。巨大なクレーターの中心で聖剣を護るように両腕を広げる金ピカの姿が見えた。
その身に纏う金色のスーツは至る所が破け、赤い血液が水溜まりを作っている。死にかけだな。ひひ。
『⋯⋯⋯⋯っ!』
金ピカの姿を見た助手君が動揺しているな。気持ちは分かるぜ。今の一撃で素顔を隠していたマスクも吹き飛んだからな!!
『⋯⋯親父⋯⋯』
───その声が届いていればまた違う未来もあっただろう。
残念!遠隔操作でその声を遮音させて貰う。これで金ピカは助手君の心のSOSに気付かない。
さぁ、親殺しの時間だぜ!助手君!




