第三十話 隠し事
瞬間移動装置を使い、現地の確認の為に俺一人でヒーローが集まるロンドンへと移動する。
現地の偵察が目的の為、今は仮面ではなく変装用の伊達メガネをつけている。これも仮面同様にマッドサイエンティストが特注で作った代物で、眼鏡越しに俺が見た光景が見えるようになっている。
ビジネスバッグを片手に持って、仕事でイギリスに来日した日本人というていで街中を歩く。日本では夜であってもイギリスではお昼頃か。
食事をしている光景があちらこちらで見受けられるし、人の通りも従来通りだ。俺たちを誘う割に市民を避難させていない。
ただ───。
『思っていたより多いな』
俺の気持ちをマッドサイエンティストが代弁する。
街中をただ歩いているだけで、あちらこちらにヒーローの姿が確認出来る。俺の視界に映るだけでも30人はいる。ロンドン全域に潜んでいると考えればその数は倍以上と考えた方がいい。
市民を避難させていないのは、これだけの数がいれば護りきれると判断したからか。
それにしたってこの数のヒーローを見て、馬鹿正直に悪の組織が襲撃を仕掛けると本気で思っているのか? いやその場合は誘いではなく、数を有効活用してアジトを探すだけだな。
俺たちの選択肢を奪い、自分たちに有利な状況で戦う。戦術の基本だな。
『なら、こちらも数で攻めるとするか!街の裏路地とかでいい。見えにくい所に渡したやつを捨てておいてくれ。隠す必要はないぜ!不審な真似をすれば怪しまれるからな。捨てればゴミと見間違えるくらいには小型化してある』
スーツのポケットの中にはマッドサイエンティストが特注で作った小型の機械が入っている。大きさは1センチ程で黒い円盤の形をしており、マッドサイエンティストが言う通りに捨てればゴミと判断する者が多いだろう。
この機械は二つでワンセットとなる瞬間移動装置の改良版。現状の瞬間移動装置では一度に怪人を送れる数に限界がある。
大量の怪人を一度に送り込む必要がある状況を想定し以前から造っていたそうだ。片方を怪人に埋め込み、もう片方を転送したい現場へと持っていく。後はマッドサイエンティストが操作すれば移動が可能だ。
裏路地なんかに隠すのもありだが、無造作に放り投げるだけでも機能はする。現状は使い捨てを想定しており、転送した怪人も回収する予定はない。捨て駒だな。
『今回の戦いに使える怪人は30体だ。改造は終えているが転送装置の方が間に合ってなくてなー。それでも怪人の質を考えればいける筈だぜぃ』
嬉しい誤算と言うべきか。罪の重い罪人ほど怪人細胞への適合率が高かった。
本日マッドサイエンティストが実験した素体は127体。そのうち自我を持つ怪人はロビンソン一体だけだが、適合率の平均は50パーセントを超える。
これまでの怪人の適合率が10パーセントから20パーセントが多かった事を考えればそれがどれだけ脅威か分かるだろう。
『ひひひ、ひとまずそれで最後だな。どうする?先に助手君が暴れるか?』
マッドサイエンティストの指示の通りに、転送装置を至る所にばらまいてきた。後はマッドサイエンティストの操作一つで怪人たちがいっせいに暴れ出す事が可能だ。
今は怪しまれないように小洒落たカフェに来店し適当に注文して、外のヒーローたちの動きを眺めている。
やはり数が多い。動員されているヒーローは100じゃすまないな。これだけの数となると、いくら質が上がった怪人とはいえ囲まれて袋叩きになる可能性が高い。
俺が引き付けてから怪人たちを転移させるか?それはそれで俺の負担がデカイから勘弁願いたい。
『今回のヒーローたちの誘いの目的はおそらく助手君だ。『アルカトラズ』で暴れすぎたんじゃないか?』
ひひひっと何時ものように笑うマッドサイエンティストの声と、ヒーロー側の狙いに嫌気がする。
面倒だな本当に。
「ボスは動けないのか?」
周りに聞こえないくらい小さな声で呟くが、その返答は俺の望むものではなかった。ボスは既に別の目的で動いているそうだ。
その為、前回の戦いのように陽動を任せる事は出来ない。
『ポチとウルフとロビンソンの三人は既に現地で待機している。後はどうするか助手君が決めろ』
どうしてこうも俺に選択を強いる真似をする⋯⋯。
ボスがいない今、現場の最高責任者は俺ではなくマッドサイエンティストの筈だ。普段のように指示を出せばいい。
何か狙いがあるのか?
「⋯⋯⋯⋯」
可能性として浮かぶのは、俺の決断能力を試しているか、あるいは育てようとしているかの二択だ。自我を持つ怪人が増え、それを扱いきれるかの確認か?
この状況でわざわざする必要はないと思うが⋯⋯。まぁいい、今はマッドサイエンティストの考えを当てる必要はない。
「合図をしたら、怪人を先に転送しろ。対応に動こうとするヒーローを順に殺していく」
『ひひ、了解!』
テーブルの上に置かれたコーヒーを飲み干し、会計を済ませてからカフェを出る。
───マッドサイエンティストは何か隠している。
それは間違いない。だとすればこの場にいないボスも結託している可能性がある。
不信感は残るが、今は作戦の実行が最優先か。後をつけられていない事を確認して、しばらく道なりに歩き、目的地である公衆トイレの中へと入る。
日本と違って公衆トイレを利用するのにもお金が必要ではあるが、中に入ってさえしまえば人の目を気にする必要はない。
ビジネスバッグから取り出した瞬間移動装置を起動し、あらかじめ設定しておいたロンドンの拠点へと移動する。
───見ていた景色が一瞬で変わり、公衆トイレから殺風景な部屋へと変化した。足元に瞬間移動装置の親機がある以外、なんの特徴もない部屋。此処はイギリスエリアの本拠点として設けている一軒家の一室だ。
「ワン!!」
移動した直後の俺を出迎えるように近寄ってきたポチの頭を撫でてから、部屋の出口へと向かう。扉を開けて部屋を出れば、既に準備を完了して作戦の開始を待つウルフとロビンソンの二人が待っていた。
「準備は出来ているか?」
「勿論デース!」
「いつでも行けるぜ先輩」
俺以外の仲間の準備は既に完了しているようだ。待たせては悪いと、変装用に付けていた伊達メガネを外しビジネスバッグから仮面を取り出す。その手に仮面を持って、違和感に気付いた。
───模様が変わっている⋯⋯。
新機能を加えた新しい仮面をビジネスバッグに入れてあるとだけ、言われていたが何故デザインを変えた?
以前使っていた仮面は中央で白と黒で二つに分かれただけのシンプルのデザインだった。今俺が手に持つ仮面は、そのデザインの上に自身の尻尾を喰らう赤い蛇が描かれている。
───ウロボロスか。
始まりと終わりがないことから「不滅」「永遠」「再生」「完全」などの意味を持つ蛇のシンボル。
何故、このタイミングで?
「どうした、先輩?」
「いや何でもない」
思考を中断して、仮面をかぶる。
「始めるぞ」
◇
助手君から合図がきたのでパソコンを操作して怪人たちをいっせいにロンドンへと転送する。
「ひひひ、さぁ来い。お前たちが助手君を誘い出したようにフォリ様もお前が此処に来るのを待っていたんだぜ」
パソコンを操作して現地に設置してあるカメラの映像から金色のヒーローの姿を確認する。なんだ、今日は『聖剣』を持ってきてるのか。
本気で助手君を殺す気だな。
その方がフォリ様からすれば助かるぜ。
助手君を本気で殺そうとすればするほど、お前の正体が助手君に知れた時に、仕込んだ毒は効力を発揮する。
「こっちは親殺しを期待してるんだ、頼むぜ助手君」
親を殺して、より深い闇へと堕ちるならばユーベルではなく助手君を選んでもいい。
王として崇めるにはまだまだユーベルは未熟だからなぁ。
素質は十分だが、目先の復讐だけを考えて、支配した先を思い描けていない。どちらかと言えば助手君の方が、先を見据えている。
甘ささえ捨てれば⋯⋯。
「王の器か」
ユーベルか、助手君か。
どちらを神輿として担ぐか、悩みどころだぜぃ。




