第二十九話 誘い
神と竜の間に生まれた子供か。
俺が思っていた以上に事は大きくなっている気がするな。二人が異なる世界からやってきた可能性は考慮していたが、この世界にやってきた理由が世界征服とかそんな単純な理由ではない気がしてきた。
悪の組織にいて、ボスをトップとして扱っている以上、その面倒事から逃れる事は出来ないだろう。
ウルフとポチにも情報のすり合わせをして、今後に備える必要があるな。
───その日の夜。
20時を少し回った頃にマッドサイエンティストから緊急の連絡が入った。定時退社で帰宅し、ウルフと食事を終えて少し経ったタイミングだったな。
時間外労働は勘弁願いたいと伝えると、明日は休んでいいから急いで来て欲しいとマッドサイエンティストに言われた。
気乗りしないままウルフと共に支度してアジトに向かっていた最中である。
USAエリアのように一分一秒を争うような緊急事態ではないそうだが、グレートブリテン島にてヒーローがアジトを嗅ぎ回る動きをしているそうだ。
今のところ、見当違いの場所を探しているので問題はないが、万が一見つかるような事になれば厄介な事になる、
アジトを探す余裕がないくらい、暴れる必要があると考えたようだ。
数や質で『ヴレイヴ』に押されている現状は、こういう状況になりがちだ。戦力補充の為に活動を緩めれば、その間に余裕ができたヒーローが悪を倒す為に動き出す。
そのヒーローを潰す為に動くと、せっかく補充した怪人がまた減る事になる。後手後手だ。
この現状を打破するのは怪人の質を上げるか、消耗しても問題ないレベルで供給を安定させるかしかない。
後者の場合は人海戦術のように見えて、捨て駒を使って時間を稼いでいるだけの愚策だ。ヒーローに劣る怪人をいくら生み出しても、形勢が変わる事はない。
「いくぞ」
「はい!」
瞬間移動装置が設置されている隠しアジトに到着し、ウルフと共に移動する。俺たちが来るのを待っていたのか、ポチが俺たちを出迎えた。
「お出迎えか?」
「ワン!!」
嬉しそうに尻をフリフリしながら元気よく吠えたポチが、付いてこい言わんばかりに振り返って走り出す。
その後を追っていけば、ミーティングルームに到着した。以前まではこの部屋を使用するのは俺とマッドサイエンティストの二人だけだったが、自我を持つ怪人が増えた今、今後使用する頻度は増えるだろう。
部屋の中心に円卓の机があり、入って正面の上座にマッドサイエンティストが座っている。その左隣にロビンソンが立っているな。下半身が蛇に変異した影響で椅子に座れないらしい。
「あっ!クロさん!」
俺を見つけたロビンソンが嬉しそうに手をブンブンと大袈裟に振って挨拶している。マッドサイエンティストによる改造が終わった後の為、胸は少し膨らんでいる。
改造前は殆ど平らに近かった。それをマッドサイエンティストがロビンソンが納得する水準まで大きくしたのだろう。
「見てくださいこの胸!男の時の大胸筋と同じくらいデース!でも!柔らかさはこっちの方が上デース!!Foooooooooooo!!!」
ウルフのようにデカくはないので、苦手だと感じる事はないがテンションが鬱陶しい。
胸の大きさを見てウルフがライバルを見るような目で睨んでいるが、ロビンソンの性格がまともにならない限りは俺の恋愛対象に入る事はない。まぁ、勝手にしていてくれというのが俺の感想だ。
改めてロビンソンの容姿を確認する。米国人らしい彫りが深い顔立ちで、日本人に比べればやはり鼻が高い。ただ、目は糸目だな。
怪人になる前は米国人らしいはっきりとした目をしていたと記憶しているが、変異による影響か? 驚いたり喜んだり、何らかのリアクションをした際に大きく開いた瞳から蛇のような縦線の入った青い瞳が確認出来た
常に笑顔を振りまいているのもあって、愛嬌のある顔立ちをしている。普通に美人だとは思う。これで元男だと知らなければ劣情は湧いたか? いや、やっぱりないな。
上半身は『Love』と大きくロゴの入ったタンクトップを着ているだけで、肌色の面積が多く、一言で言えば露出が多い。自分のスタイルに自信がある証拠だろう。
ロビンソンには挨拶だけで、会話の内容には深く触れない。隣にいるウルフの視線も痛かったしな。
マッドサイエンティストの正面に位置する椅子に座れば、俺の右隣にウルフが座り、左隣の椅子を引いてやればポチが椅子に飛び乗って行儀よく座った。相変わらず賢い犬だ。
「やーやー!助手君に、ウルフ!おはよー!来てもらって早々で悪いけど、作戦会議だよ!」
机をバンバンと叩きながらマッドサイエンティストが話を進める。
朝イチに連絡があった通り、グレートブリテン島───イギリスにてヒーローたちが俺たちのアジトを探る動きをしている。
「ただ、少しばかり不自然でね。探すにしては雑なんだ」
「他に狙いがあるって事だな」
「その通り!多分ね、これはフォリ様たちの事を誘っているね。最近はヒーロー側が後手に回っているから、一度反撃に出るつもりでいるんだと思うぜ」
戦況で見れば押されているのは悪の組織ではあるが、ここ数週間で100人近いヒーローが亡くなっている。その内の四割を俺が殺している訳だが、流石にここまでの被害が出ればヒーロー側も黙ってやられる訳にはいかないようだ。
前回のUSAの反省を踏まえて、アジトを本格的に探すのではな俺たちを誘う罠を仕掛けてきた。
「罠って分かってて乗り込むって事デスカ?」
「無視は出来ないのは確かだぜぃ!罠じゃなくてもアジトを探られるのは面倒だ。常にフォリ様が気にしないといけない」
「現状のままだと、フォリ様の負担が増えるからどうにかしてくれって話だろ?オレ様はどっちでもいいぜ。先輩の指示に従う」
「ワン!」
「なら私も従いマース!」
───全員の視線が俺に集まる。
視線だけで全身に穴が空きそうだ。
重要な決断を決めるのは本来ならボスの役目だろ?肝心な時にいないボスに苛立ちを覚えつつ、思考を巡らせる。
今回のヒーローの動きは間違いなく誘いだ。俺たちがヒーローの動きを阻止する為に動く事を読んでいる。どれだけのヒーローが今回の戦いで動くか⋯⋯。
「瞬間移動装置は全員分あるのか?」
「問題ないぜ、大天才であるフォリ様を舐めるなよ」
ドヤ顔が鬱陶しい以外は褒める所しかないくらい有能だ。逃走経路は確保出来た。最悪の場合、瞬間移動装置で帰還だ。
やれやれ、せっかく捕まえて増やした怪人なんだがな。こればかりは仕方ないと諦めよう。
前回のUSAの戦いでヒーロー共にお灸を据えたと思ったんだが、まだまだ俺たちの事を甘く見ているようだ。舐められというのは良くないな、やはり。
「どうする、助手君?」
決断を迫るマッドサイエンティストに心中で毒づきながら方針を決める。
「ヒーロー共の誘いに乗るとしよう。───潰すぞ」
───霧の都を戦場としたこの戦いで俺はまた一つ、大切なモノを失う事になる。




