第二十七話 デービッド・ロビンソン
───気が変わったら名刺に書かれた番号に連絡をくださいッスと、言葉を残してモヒカンはその場を去っていった。
そこに行き着くまでに一悶着あった。時に人の悪意よりも、善意の方が厄介というのがよく分かったな。違うと言ってもなかなか納得しなかった。背中が見えなくなってため息を吐いたのは仕方ないだろう。
時間を無駄にしたな。
周囲に人がいない事を確認して、マッドサイエンティストに連絡を入れる。
「こちらクロ。一応、シャインピンクに発信機をつけておいた。場所が特定出来たら処理しておいてくれ」
『了解だぜー。それとそれと、早く帰ってこいよ。今、アジトは面白い事になってるぜ!』
「面倒事か?」
『そうじゃない!来たら分かるぜ!』
マッドサイエンティストのテンションが高い事から面倒事だろうと当たりをつける。
今回の目的である現地の確認は既に完了している為、この場に残る理由もない。どの道アジトには帰らないといけない。
面倒にならなければいいなと、ため息を一つ吐いてポケットに入れておいた瞬間移動装置を起動する。
───最初に耳に入ったのはマッドサイエンティストの興奮した声だ。
この時点で既に嫌な予感はしている。重い足取りで、声のする方へと移動すればマッドサイエンティストが管理する実験室に辿り着いた。
騒がしい声だ。マッドサイエンティストと、俺の知らない女の声。ウルフやポチの声はしない。誰だ?
「⋯⋯⋯⋯」
マッドサイエンティストが言うように入れば分かるだろうが。ここまで気が進まないのは何故だろうな。
とはいえ扉の前で何時までも突っ立っていても何も変わらない。マッドサイエンティストの言葉を信じて部屋に入るとしよう。
中で待ち受けているのは面倒事ではない。そうであって欲しいと思いながら扉を開けて最初に視界に入ってきてのは下半身が蛇で上半身が人間の金髪の女。
顔の造りが日本人ではない。おそらく『アルカトラズ臨時刑務所』で捕まえてきた素体だ。それに関して言えば特別驚く事ではない。午前中に実験に付き合ったから何度もこの目で見ている。
疑問として残るのはマッドサイエンティストが異常に興奮している事だな。それにつられるように金髪の女も興奮して叫んでいる。
部屋を見渡すとウルフがまた項垂れているのが見えた。彼女を慰めるようにポチが横に座っているな。
「カオスだな」
なんでこんな混沌とした空間になっているんだ。
俺の発した声はマッドサイエンティストや金髪の女の声に比べれば小さなものだが、オオカミの耳は僅かな音でも聞き取れるのか、先程まで項垂れていたウルフがバッと顔を上げたと思ったら俺の元へと駆け寄ってきた。
「先輩!」
「今戻ったところだが、これはどういう状況だ?」
「見ての通りだ先輩。改造が一通り終わって、実験を再開したんだが、一人の目の素体が怪人に変異した。その適合率が⋯⋯」
「高かったという訳か」
泣きそうな表情のウルフの後を付いてきたポチが俺の足に頬擦りしている。羽と違って頭に生えているユニコーンのような角は伸縮が可能らしく、今は2センチ程しか出ていないので角が刺さるような事もない。
角に注意して、ポチの頭を撫でる。ウルフが泣きそうな顔をしている理由は察しがつく。ポチの時と同じように怪人細胞の適合率が、金髪の女の方が高かったのだろう。
マッドサイエンティストと一緒に叫んでいる様子から、自我を持っている事が分かる。
だが、それだけならマッドサイエンティストがここまで興奮する理由にはならない。怪人化した素体も何故か歓喜の声を上げているのも気になるな。
「騒いでる理由は?」
「オレ様にはさっぱり。⋯⋯怪人に変異したと思ったらあんな感じだったから」
「ワン!」
「そうか」
直接確認した方が早いと判断して、騒いでる二人の元に近寄る。最初に気付いたのは金髪の女だ。俺を見て興奮するように叫んでいる。
「男の人デース!!この組織にもいたのデスネ!最高デース!」
仮面の機能で翻訳されている筈だが、少し癖があって聞き取りにくいな。
「おー!助手君じゃないか!おかえりー」
「今戻った。それで、そいつが新しく変異した怪人か?」
「察しが良くて助かるぜ!見ての通り!自我を持つ怪人だぜ」
「イエス!!私は自我を持った怪人デース!!新人デース」
マッドサイエンティストの声に反応して、金髪の女が楽しそうに声を上げている。普段よりテンションが高いマッドサイエンティストが金髪の女とハイタッチしている光景に目眩がしそうだ。
───鬱陶しいのが増えた。
マッドサイエンティストとフィーリングが合うという事はこの金髪の女も同じくらいイカれているという事。
元の素材は善良な人間ではなく、『アルカトラズ臨時刑務所』に収容されるレベルの極悪人だと考えれば納得はいくな。
「おっと!挨拶がまだでしたネ!私の名前はデービッド・ロビンソンデース!気軽にロビンと呼んでくだサーイ」
金髪の女の名前を聞いて、ある事を思い出す。
今回、怪人の素体となった人間は全て『アルカトラズ臨時刑務所』で捕獲したものだ。どのような人物が収容されているかは、あらかじめ資料に目を通して知っている。
───デービッド・ロビンソン。
交際相手の浮気現場を目撃し、激情したデービッドは怒りに任せて交際相手と浮気相手を殺害。更に止めに入った無関係の者まで手にかけた。交際相手や浮気相手を含め計7名を殺害した容疑で逮捕され、裁判で死刑が言い渡された囚人。
罪状はこの際どうでもいい。怪人の素体に丁度いい極悪人だっただけだ。重要なのはもっと根本的な話。
俺の記憶が確かなら、この囚人は───。
「お!気付いたな助手君!フォリ様のこんな現象を見るのは初めてで、つい興奮しちゃってるのさ!まさかまさか!女になりたいって意思だけで、性別を変えてしまうとはな!」
───男だった筈だ。




