第二十三話 奮起
朝食を食べ終え、出勤の為の準備を終えた俺はスマホを取り出して通話履歴から太陽に電話をかけていた。
家を出るまでまだ30分ほど時間がある。決して長くはないが話に付き合う事は出来るだろう。数回のコールの後に太陽の声がした。
『もしもーし。電話かけてきたって事はもう大丈夫なん?』
「30分くらいなら話し相手になれる」
『おーきに』
相も変わらず元気がない。スマホ越しの声ではあるが、思い詰めているのは分かるな。
「⋯⋯はぁ⋯⋯」
ため息が聞こえ、視線を向けると部屋の隅で三角座りをし、膝に顔を埋める夏目の姿が見えた。
食器を洗い終え、俺と同様に出勤の準備を終えていた。ただいつものように明るい雰囲気はなく、見慣れたスーツ姿でどんよりとした空気を纏っている。明らかに元気がない。
太陽の後は夏目のメンタルケアもしないといけないようだ。不用意な発言だったな。恋する乙女の心境を考えるのならば、もう少し言葉を濁すべきだった。
夏目には大変申し訳ないが、タイプではないのは事実だ。内面に関してはむしろ嫌いではない。どちらかと言えば好印象を持っている。
ただ、どことは言わないが、夏目は元カノと似ている部分がある。俺の中では吹っ切れているつもりではあるが、まだ頭の片隅にトラウマとして残っているのもかも知れない。
───元カノが知らない男の上に乗って無駄にデカイ乳が揺らしている光景は、忘れようにも忘れられないくらいにインパクトが強かったようだ。
正直、元カノの顔は既に思い出す事が難しいレベルで忘れているが、特徴とも言えた無駄にでかい胸だけは記憶に残っている。元カノ=巨乳みたいな感じで。
巨乳が悪い訳ではないが、デカイ胸を見ると元カノを連想して嫌な気分になる。それだけだ。
つまるところ夏目に非は一切ない。俺が過去の事をまだ引きずっているだけ。
親友を殺しきれない程度には甘く、過去のトラウマに引きずられる程度には脆い。
どうやらまだ、人間性全てを失った訳ではないようだ。
ただ、少しずつ自分の中の何かが、傾いているのは実感している。何かのきっかけがあれば俺は⋯⋯。
『ってな感じで初の実戦は上手くいったんや。サラリーマンっていう先輩ヒーローのサポートもあったしな』
「そうか。そこまでの話では落ち込む要素はないな」
太陽の声にはっと我に帰る。せっかく話してくれているのに聞き流すような形になったことを心中で謝罪する。
ただ、ヒーロー活動を一般人に話すのはどうかと思うがな。
太陽がヒーローになる事を知っている立場ではあるが、守秘義務があるんじゃないか?念の為、確認したら『聞かなかった事にして欲しい』と言っていた。やっぱりダメなんじゃないか。
そのくらいのことが分からないほど太陽はバカではないが、判断能力が落ちるレベルで落ち込んでいるという事か。
「俺からは追求しないから、上手く濁して話してくれ」
『そうするわ。昨日仕事があったんよ。元々は上司に会うのが目的やったんやけど、急な仕事が入ってな⋯⋯』
スマホ越しに深く息を吐くのが聞こえた。言うのが辛いのか?
『正直浮かれとったわ。皆から持ち上げられていたのもあって調子に乗っとった。俺ならどんな仕事でもこなせる。同僚を助ける事も出来る、なんて⋯⋯実際上手くいってたしな』
「何があった?」
直ぐには話さず、先程と同じような息の音が耳に入る。ここまで心が弱っているとは思っていなかった。
島ごと消し飛ばしたつもりだ。死体なんて一つも残っていないだろう。それでもここまで心に深い傷を残した。
俺が原因ではあるがな。
『俺がやってた仕事を全う出来てたら、あんな大きな事故にはならんかったんや!俺がちゃんとやっておけたら!皆死なんかった!』
急に大きな声を出すなと文句の一つでも言いたいところだが、流石に野暮か。
確かに太陽が俺を倒す事が出来ていればアルカトラズ島が消し飛ぶ事はなかった。太陽の仲間であるヒーロー共が全員死ぬこともなかった。
だがな、それこそが驕りじゃないか?自分で今言ったところだろ?
他のヒーローでは倒せない悪名高い怪人も自分なら倒せる。そんな思いで俺と戦っていた。自分が特別だと酔っていた。
それは戦っていれば分かる。
ポチが応援に駆けつけたヒーロー共を相手にしていたとはいえ、全員を引きつけるのは無理だ。事実何人かのヒーローは俺と太陽との戦いに加勢しようとした。それを止めたのはコイツだ。
自業自得とは言わないが、相手を低く見過ぎた結果だ。俺を甘く見なければ結果は変わっていた。
まぁ、島ごと消し飛ばすような大規模な攻撃をしたのは初めてだったからな。それを考えれば責めるのは可哀想か?
『お世話になった先輩が事故から救ってくれたんや。避難場所から出ようとした俺を先輩が無理やり押し返して、そのお陰で事故に巻き込まれなくて俺は助かったんや⋯⋯けど、みんな事故で』
───驚いたな。
サラリーマンが死んでいないのは確認していたが、かなりの重症だった筈だ。それでも後輩ヒーローである太陽を助ける為に動いた。
太陽の言葉が確かなら、太陽は影から出ようとしていた。それをサラリーマンが押し返した訳か。サラリーマンが命を賭して太陽を救った。
けど、その光景が最後となり⋯⋯太陽にとってのトラウマになった訳か。
「それでどうする?ヒーローを辞めるのか」
『⋯⋯⋯⋯』
俺からすればその方が都合がいい。
可能なら俺も太陽を殺したくはない。
「今なら辞めても責めはしないだろう。戦えない者に無理強いをする組織ではないと思っている」
休みや労働時間が不定期だったりと、ブラックな一面は見えてはいるが心が折れた者を無理やり戦わせる組織ではないと願いたい。
正義側が真っ黒なのは正直に嫌だ。
「どうする?」
『⋯⋯っ!俺は!ヒーロー続けるわ!俺を助けてくれた先輩の分までみんなを助ける!それが恩返しとちゃうか!』
「そうだな⋯⋯」
予想はしていたが、やはり折れはしないか。心は弱っていた。迷っていた。それでも前へと進む事を選んだ。
サラリーマンが最後に見せたヒーローとしての姿が、太陽を奮起させたか。
殺しても殺さなくても面倒なヒーローだな、やはり。
『俺、戦うわ。実力つけて必ず仇とったる!俺の手で仮面の怪人を殺す!必ずや!』
そうか⋯⋯。
「物騒だぞ」
『あ、すまん。せやけど⋯⋯颯人と話して俺がしないといけない事が分かった気がするわ。ありがとう』
「元気になったならそれでいい。俺もそろそろ出勤しないといけない。電話はもういいか?」
『おおきに。ホンマに助かったわ。また連絡はすると思うけど、次は軽いもんにしとくから安心してやー。ほな!』
スマホから太陽の声が聞こえなくなった。通話の終わりを告げる画面をしばらく見た後、無意識のうちに笑っていた。




