VILLAINS SIDE 1 過去の遺恨
嗚呼、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
忌々しいあのヒーローに殴られた箇所が熱を帯び、不快な痛みを与えている。我がいるところにだけ現れおって⋯⋯。
あの化け物さえいなければこの世界はとうの昔に我の手中だというのに。
「忌々しい⋯⋯」
窓の外に浮かぶ赤い月。手を伸ばしても届かぬと分かっておる。それでも伸ばしてしまう。あの月は本来ならば我のものだった。あの化け物に邪魔をされなければ⋯⋯。
「月に手を伸ばしてどうしたのさ、ユーベル」
「なに、かつての世界を思い返していだけさ」
全てが順調だった。
母様の支配に賛同する者は日々日々増え、世界の半分を既に手中に収めていた。
敵対する者もごく僅か。我らが世界を支配する日は近かった。
それが覆ったのは往生際の悪い人間の王族があの化け物を召喚したからだ。
「忌々しい!!」
───歯が砕ける勢いで噛み締めた。
たった一人。たった一人だ。
別世界から召喚された人間一人が大局を覆した。
偽りの言葉に動かされ、正義に酔い、信念すら持たず我らの同胞を踏み潰した。
「今、フォリ様が治療してんだから、仕事増やすんなよユーベル」
「腹だたしいのだ!あの男さえ現れなければこんな事にはなっていなかった!この世界に逃げ落ちる必要もなかったというのに」
父様は仲間を庇って亡くなった。
我らを支持した民たちは、反逆者として土地を追われた。
世界を変えようと立ち上がった母様は、あの化け物の手で殺された。
あの化け物は母様の死が何を意味するかなど知る由もあるまい。
人族だけが世界の住人だと豪語するか? どこまでも傲慢な種族どもだ。
この世界もそうだ。人族が溢れ、人族が支配している。全くもって腹ただしい!!
「あっちの世界の女と結婚したからそのまま残るかと思えば、戻ってきてたのは驚きだった。予定が全て狂っちまったぜぃ」
「全くだ!」
あの化け物が帰ってきていなければ我らの力ならこの世界を容易く支配できた。
この世界を手中に収め、兵隊たちと共に世界を取り戻す筈だった。
何度も何度も我の前に立ちはだかりおって!
「黒月 総一郎!!!」
忌々しい男だ。
我がこの世界に逃げ落ちたから追いかけてきたな。母様と同じように我を殺す為に。
我らに対抗する為に面妖な組織まで立ち上げおって⋯⋯。
「フォリ!ヒーロースーツの解析はどうなっている!アレのせいでただでさえ化け物だったあの男が手をつけられなくなっているんだぞ!」
我らの世界にもあのような技術はなかった。
この世界にも20年近く潜伏していたが、ヒーロースーツなど見たことがない。
ただの人間が我の細胞を与えた兵士と同等の力を得る服だと!?どういう技術だ。
あの男も本来ならば、老いによって衰える筈だった。それが新たな武器を手に入れて、全盛期以上に暴れるだと?悪夢以外の何物でもない。
「まだ解析中ではあるんだけど、開発者が誰かは分かったぜ」
「何者だ?この世界の人間にアレほど高度な物を作れるとは思えん。それこそお前ほどの天才でなければ」
「大天才じゃなければ不可能さ。いやー、血は争えないぜ」
一人だけ心当たりがあるな。
「お前の子だな、フォリ」
「正解。このフォリ様の一人娘さ。あっちの世界に置いてきたのが仇になったな。ひひひ」
「その割に楽しそうだな」
「楽しいさ!子が親を越えようとしているんだ、これが楽しくない訳がないだろ!?まー、フォリ様は簡単に越えさせてやらねーけどな」
我の知見を持ってしてもドワーフどもの価値観は分からんな。
我には理解が出来ん。何故、ドワーフの種族を滅ぼした張本人であるあの男に手を貸している?
憎むべき相手ではないのか?
「フォリ、お前の娘はなぜ人間どもに手を貸している? 」
「さっき言ったぜユーベル。ハォリは親であるフォリ様を越えようとしている。親を超えたいからあっち側に付いたのさ。ドワーフは親を超えて一人前として認められるからな!」
「お前を連れてきたのが過ちだったという訳か」
「ひひひ!フォリ様がユーベルについてきたからハォリがあっち側に付き、ヒーロースーツが誕生したのは確かだけど、フォリ様がいなければ怪人もまた誕生していなかったぜ。一人で世界征服できるなんてバカな考えはしてないだろユーベル?」
我一人で世界を支配するのは不可能だ。
それは母様を見ていたから分かる。アレほど強かった母様も、父様を、仲間を頼って戦っていた。仲間は必要だ。
だからこそ母様の戦友であるフォリと共にこの世界に逃げ落ちた。
「なら、我がお前に何を言いたいか分かるなフォリ」
「子に負けるなって言いたいんだろ?フォリ様も負けるつもりはないさ。怪人細胞の研究も進んでいる。ヒーロースーツの弱点ももう直ぐ分かる。ドシッと構えて待ってるといいぜユーベル。フォリ様と助手君の二人でこの世界の王にしてやるよ」
「クロか⋯⋯」
クロはあの化け物に対する意趣返しのつもりでこちら側に引き込んだ。
絶縁を言い渡して我らとの戦いから遠ざけたつもりのようだが、名を変えるのが少し遅かったな。
ふふふ!はははは!クロの事を思えば先程までの鬱憤が消えていくようだ。
どうだ!総一郎!お前の大事な息子は既に我のモノだ。我の半身だ!
お前はまだ何一つ気付いていない。護るべきものが護れていない事も!大事な息子と殺し合いをしなければいけない事も!
クロは既に我らと共に歩む道を選んだ。
我の伴侶として世界を統べる道を選んだのだ!
ふふふ!はははは!
今はこの痛みを、屈辱を噛み締めよう。
全てを知った時、絶望に染まるお前の顔を見るのが楽しみだ。ははははは!
「助手君と言えばさ、報告聞いてるかい?」
「報告?」
「面倒になったから『アルカトラズ島』ごとヒーローを消し飛ばしたそうだぜ」
───え?
「怪人細胞の力そのものを引き出して、球体の形にして島ごと消し飛ばしたってさ。ひひひ、怪人細胞にそんな力があったなんて初耳だぜ!ユーベルも同じ事ができるのか?」
───なにそれこわい。
我の細胞そんな事できるの?我すごい。




