第二十話 月と太陽
───太陽の声、だな。
声も口調も何一つ変えていない太陽に思わず呆れてしまった。
ヒーロースーツには身バレ防止の為に変声機が備わっている。正確には後から追加された、というのが正しいか。
知っての通り怪人には自我はなく、声を聞いた判断するという能力がない。それに多くはその場で怪人を倒し切る事が多い。
声を聞かれても問題ないとヒーロー側も考えていたようだが、理性を持つ怪人として俺の存在が認知させるようになると変声機によって声質を変えるヒーローが増えた。
俺が現れる以前にボスが先に理性のある怪人として認知されていてもおかしくないのだが、ボスの場合は身内相手にはペラペラと喋るが初対面の相手の場合は言葉数が減る傾向にある。
加えて、血や悲鳴を聞いてテンションがフルMAXになったボスは著しく語彙力が低下する。失礼な言い方をすると知性をまるで感じない話し方をしている。早い話、ボスが相手なら声を聞かれても問題ないと侮られていたのだと思う。
ボスの面目を保つ為に戦闘についての話をしよう。俺と違ってボスはヒーローに対する殺意が高い。それ故にボスと戦い、生存して情報を持ち帰ったヒーローは極小数だ。
そういった意味では、ボスが理性のある怪人として認知されていなかったのだと、かなり苦しい言い分にしたい。
ただ実際問題、声だけで身元を特定出来るのかという点には疑問が残る。声優であったり、アイドルであったり、芸能人であったり、声や喋りを仕事としており公にデータとして残っているならともかく、一般の人の声のデータなど基本的に残ってはいないだろう。
昨今はSNSによって気軽に写真や動画を上げる事が出来るので昔に比べれば声の比較や、情報を入手する事は可能だがヒーロー全員がSNSをやっている訳ではない。
知り合いでなければ声から身元が割れる事はない。知り合いから広がっていけばその限りではないが、特定まで結び付けるのは時間がかかるだろう。マッドサイエンティストなら可能な気もするがな。
とにかく、新たに現れたヒーローの声からその正体が太陽である事が判明した。それは別にいい。太陽がヒーローになる事はあらかじめ分かっていた事だ。驚いたのは何故、この場に太陽がいるのかという事だ。
今回の襲撃場所はアメリカの刑務所だ。日本でいる筈のヒーローが駆け付ける訳が無いと勝手に決めつけていた。だからこそ、予想していなかった会遇に驚く自分がいる。
そんな俺の事などお構い無しに傷付いたヒーローたちを一瞥した後、ポチを真っ直ぐに見据え怒りと戦意に心を滾らせて太陽が叫ぶ。
「俺が来たからには好き勝手させへんで!覚悟はええか!悪の組織!!!」
その声に、その言葉に。心が冷えていくのを感じた。
「そうだな、それが俺とお前の今の関係値だ」
───俺は悪のの幹部。お前は正義のヒーロー。
互いに正体を知らなければよっぽど気楽だった。それなのにどうしてお前は変声機を使っていないんだ。
俺だけが、ヒーローが誰か知ってしまっている。俺だけが、敵対する相手が太陽だと知っている。
戦わないという選択肢も取れる。
けど、それは逃げだ。嫌な事を後回しにしているだけ。そういったものは回りに回って自分へと帰ってくる。より残酷な形で。
「戦うと決めたのなら、殺すと決めたのなら迷うな」
自分自身に言いつけるように言葉を紡ぎ、戦場へと足を進めようとする俺の脳裏に太陽との思い出が巡っていく。記憶に残る昔の俺が思い留まれと叫んでいるように。
『なぁ、君名前なんて言うの?せっかく席が隣同士になったんやから仲良くしようや』
───平凡な出会い。
『知っとるか、鈴木くん⋯⋯横山たちに虐められてるらしいわ。皆はやめとけって言うけど⋯⋯俺、鈴木くんに勉強教えて貰ったり親切にして貰ったんや。見て見ぬフリは出来へん。
⋯⋯え?颯人も付き合ってくれるん?颯人も虐められるかも知れへんで?それでも?⋯⋯っ! せやな!二人やったらどうにかなるかも知れん。行くで颯人!』
───友達から親友へと変わったきっかけ。
『里帆ちゃんから連絡あったで、連絡しても一切返事こうへんって。せやから直接家に来たんやけど⋯⋯何があったん?
何でもないってそんな死にそうな顔で言っても説得力ないで。話したくないん?⋯⋯そっか。せやったら覚えておいて。俺は何があっても颯人の味方や。何かあったら必ず助けたる。せやから変な気を起こす前に俺に連絡せぇ!ええな颯人!』
───自殺まで考えた俺の心を救った親友の言葉。
『太陽言う名前の由来は、お天道様みたいにみんなを明るくしてあげてって意味でオフクロがつけたらしいわ。颯人は?』
───黒月 颯人と朝比奈 太陽の出会いと、共に過ごした思い出。
「悪いな、もう止まれないんだ俺は⋯⋯」
───その全てを振り払って、戦場へと跳んだ。
◇
目の前におる怪物は動く気配があらへん。
ご主人様に待てと言われたみたいに、その場に座り込んどるわ。それにしても、結構強めに蹴ったつもりやのに見たところ目立った傷はないな。ちょっとショックやわ。相手が相手やし、しゃーないか。
パッと見の外見やと、飼い主にアクセサリーやら何やらを付けられた犬にしか見えへんのにこれが先日、イタリアのヒーローを20人近く殺し回った化け物やろ?
犬は見かけによらへんな。
「君はいったい⋯⋯」
「あー、すんまへん。挨拶が遅れはりました。日本支部で活動を始めた『ムーンシャドウ』言います。微力ですけど助けに来ました」
ホンマやったら顔を見て挨拶したいところやけど、俺の目の前には『魔犬』なんて物騒な異名が付けられた怪物がおるんや。目を離す訳にはいかへんな。
「君が『サラリーマン』が言っていた期待の新人か。⋯⋯いや、まずは助けて貰った事のお礼を言わないといけないな。ありがとう」
「お礼なんてかまへんよ。それより隣におるお人は大丈夫なん?傷が深そうに見えたけど」
魔犬を警戒しながら言葉を交わしとるんやけど、ヒーロースーツって便利やね。俺、英語とか全然分からへんのにしっかり会話出来とるわ。自動で翻訳してくれる機能は俺みたいなヒーローには大助かりやと思うわ。
他にも変声機能とか録音機能とか色々あるらしいけど、いっぺんには覚えられへんしゆっくり覚えていきましょう。
それはともかく、助けたヒーローはんは大丈夫やろうか? 二人おる内の片方はかなり重症っぽかったけど。
「良くはないな。今すぐに治療室に連れて行かないといかないだろう。だが、この場を離れる訳には」
ホンマやったら今すぐにでも連れて帰りたいんやろうな。言葉には出してへんかったけど、歯を食いしばる音が聞こえたわ。
ヒーローはんの判断は間違ってへんと思う。目の前にヒーロー殺しの怪物。ほんでもって刑務所の囚人を拉致している複数の怪人たち。これを放っておいて帰るなんて真似ヒーローには出来へんよな。
けど、仲間の命がかかってはるんやったら迷う必要はあらへん!
「ここは俺に任せて、お仲間はん連れて帰ってええよ!」
「だが!」
「ただ!!俺も一人やと長くは持たへんから、応援呼んできてや!それまでしっかり相手してみせますから」
迷ってはるんは良く分かる。新人に任せてええ現場ではないんは俺でも分かるわ。けど、迷ってはったら手遅れになるかも知れへんで。
「ここは私たちに任せて、撤退してください」
足音と一緒に聞き慣れた声が背後から聞こえたわ。高橋はんやね。
「サラリーマン!!⋯⋯すまない!任せる!直ぐに応援を連れて戻ってくる!」
「よろしゅう頼んます!」
高橋はんが来て直ぐにヒーローはんが動きはったんは少し複雑やわ。思わずため息を吐いたた俺の横に高橋はんが並び立った。
「司令官はんの元へ行きはったんとちゃいます?」
「その予定でしたが、『ムーンシャドウ』が救援に向かったと聞いて慌ててこちらへ来たんですよ。全く⋯⋯まだ実践には慣れていないのですから一人で行動しないでください」
「すんまへん」
ぐうの音も出ないくらい正論やわ。高橋はんには司令官はん呼んでくるから此処で待っているように言われたんやけど、その最中に警報が鳴って、気付いたら体が動いとったわ。
現地のヒーローはんに案内して貰って俺は刑務所の救援へ、案内してくれはったヒーローはんはワシントンの現場に向かって行きはったわ。どうやら二箇所で悪の組織が暴れとるみたいやね。
司令官はんに改めて挨拶する為に、わざわざアメリカ支部に来たタイミングでこんな事が起きはるなんて⋯⋯運がいいのか悪いのか分からへんわ。
けど、此処に来れたから救えた命がある。俺の選択は間違ってへん筈や。これ以上、悪の組織による被害者は出させへんで!
「『魔犬』ですか」
「せや!けど、さっきから動かへんねん」
さっきまではヒーローはん達を殺す!って強い殺意を感じ取ったのに、今は呑気に欠伸してはりますわ。戦う気があらへんの?
「こっちから仕掛けます?」
「いえ、様子をみましょう。何かあるかも───っ!」
───建物の上から何が跳んだ?
偶然、視界に捉えたものを追いかけるとソレは俺たちと魔犬のちょうど中間くらいの位置に降り立った。
見覚えのある外見やな。ヒーローになった直後に写真で見せて貰った怪人と瓜二つや。
黒いスーツ姿に黒白の仮面。
見た目は人間や。けど、目の前におるこいつが魔犬に並ぶ⋯⋯いや、それ以上に危険視されとる怪人言う事は俺も知っとる。
けど、実際にこうして対峙してみるとホンマに強いんかよく分からんな。雰囲気があらへん。そこら辺におる一般人みたいな空気感やわ。
「『仮面の怪人』⋯⋯」
「どないします?交戦許可出てへんと思うけど」
ホンマに癪な話やけど、『ヴレイヴ』の本部から日本支部のヒーローは仮面の怪人との交戦は禁止って言う命令が出とるらしいわ。
その命令に従うんやったら今すぐに逃げんと行かんのやけど、残念ながらそうはいかへんみたいやで。
高橋はん、気付いてはります?目の前の怪人、明らかに俺たちの事標的にしてはりますよ。
「悪いが逃がす気はない」
───無機質な声。
人の声やないな。変声機を通した機械みたいな声や。
ほんでもって俺の予感通り、この怪人は俺たちを狙っとるようやわ。こうなったら交戦禁止の命令がどうこう言ってる場合やないで。な?高橋はん?
一応、上司の決定には従うつもりやから視線を高橋はんに向けると深いため息を吐きはった。
「仕方がありませんね。始末書は後で書きましょう。今、この場においては逃げるよりも戦う選択の方が有効そうなので」
「了解!俺も本気で戦うわ!」
メガネの位置を直した高橋はんがどこからともなく取り出した刀を構えはった。あれもヒーロースーツに備わっとる機能やろうか?
武器の取り出しが可能とか? いや、でもそんな説明聞いてへんな。
⋯⋯まぁええわ。そんな事いちいち考えとる場合でもないわ。
高橋はんに続いて俺も構えをとると、先程まで欠伸をしていた魔犬が仮面の怪人の横に並び立つ。
「ポチ、お前はそこの眼鏡とこれから応援に来るヒーローの相手をしろ」
「ワン!!」
───空気が変わる。
冷凍庫の中におるみたいな、肺まで凍りついてしまいそうな冷たい空気。いや、ただの錯覚や。仮面の怪人が纏う空気がそうさせとるだけや!
「来ますよ!」
魔犬が動く。
仮面の怪人の命令通りに高橋はんを狙って素早い動きで飛びつき、角による刺突を高橋はんが刀で逸らしてはるのが見えた。
「っ───!!」
援護せなあかんって思ったその時やわ。俺に向けられた体を刺すよう強い殺気が『動くな』って命令しとるみたいや。
「お前の相手はこの俺だ」
「ええで。どの道、戦う運命や。悪の組織ぶっ倒すんやったら!お前も倒さなあかんよな!」
心を奮い立たせるんや。
怯えたらあかん。怖気付いたらあかん。
俺はヒーローや。悪の組織を倒す為にヒーローになったんや。
オトンの仇取るんやろ? これ以上犠牲者を出さへんって決めたんやろ?
なら!気合い入れろや俺!!!
「いくで!!!仮面の怪人!!!」
「やかましいな⋯⋯」




