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第一話 BOSS

 ───缶ビールを片手に眺めた窓の外は、静かな夜の訪れを告げていた。


 雲一つない夜空に浮かぶ、欠けた月を肴に飲むビールというのも悪くない。自室のテーブルの上に転がる空き缶の山から目を逸らし、缶ビールを口にする。


 初めて飲んだ時は美味しいとは思えなかったが、今ではビールの良さがよく分かる。味と喉越しを味わいながら今日の出来事を振り返る。


「想定より弱かったな⋯⋯、シャインレッド」


 無意識のうちに口から出た言葉は本音以外の何物でもない。悪の組織の幹部としての立場でいる以上、ヒーローとの戦いは避けられないのは分かっている。だからこそ、落胆した。


 俺の知っているヒーローは強かった。テレビの向こうの彼らは決して負けない存在だった。彼らを知っているからこそ、現実のヒーローに期待し、勝手に失望した。


 ヒーローが弱い事は悪の組織としては望むべき事の筈⋯⋯。なのに強くあって欲しいと思ってしまっている。


「止めて欲しいのか?」


 まさかな⋯⋯。



 ───ザザッと、何かを抗議するように激しくノイズが走ったが無視する。




 気分を変えよう。本日の活動を振り返ろうか。我が組織の就労時間は一日8時間の週40時間を厳守しているというホワイトな環境だ。やっている事が人道をあまりに外れているという一点を除けば、優良物件と言えるんじゃないだろうか?


 すまない撤回する。命の危険と常に隣り合わせであり、ボスの気まぐれ一つで命を落とす。マッドサイエンティストが面白い事を思い付いた等とぬかした次の瞬間には実験台にされる事も多々。

 加えて脅威の殉職率。具体的な数字はあえて隠すが、様々な事情で組織に加入した者のおよそ九割が亡くなっている。


 ヒーローと戦って死亡した者もいるがそれは極少数。多くは組織に加入した際に注入される怪人細胞の拒絶反応によるものだ。

 更に付け加えて一割は生き残っていると言っても、待っているのは自我を失った怪人としての未来。組織の命令に忠実に従う操り人形としての一生など生きているとは言えないだろう。


 あまりにもブラック!労働環境がホワイトだとしてもだ、就職時に9割が死に1割が操り人形となる⋯⋯これをブラックと言わずなんと呼ぶ。事業内容もとても口では言えない事を多くしているが、そもそも企業じゃないしな。悪の組織だから仕方ないと言われれば、口を噤むしかない⋯⋯。


 そうだな、俺が所属しているのは企業ではない。悪の組織。世界征服を目論む秘密結社。ホワイト企業である筈がない!


 その事を良く理解した上で、改めて本日の活動を振り返ろう。


 ───朝8時にアジトに出勤した俺はその後、業務内容である怪人の素体となる人間の拉致を実行した。人道に外れた行為を当たり前のように行っている事に自分が悪に染まっている事を実感する。まぁ、それも今更だな⋯⋯。


 俺が組織に加入した当初は高額報酬の求人がエサとしての効力を発揮していた為、組織がわざわざ動く必要もなかった。怪人の素体となる人間が自分の足で来ていた訳だからな。


 求人というエサは効率な的な方法ではあったが、一つだけ大きな問題があった。

 それは、求人にアジトの住所が記載されていたという事だ。ここまで言えば分かるだろう。ヒーローたちが怪しい求人を発見し、その結果アジトがバレた訳だ。


 といっても複数存在するアジトの一つがヒーローに見つかっただけ。こちらも気付くのが早かった為、直ぐにそのアジトは放棄された。そのお陰もあってヒーローによる被害は一切ない。

 むしろ突入してくる事を逆手に取ってアジトを爆破し、ヒーローに損害与える事が出来た。爆弾程度ではヒーローを倒すには至らなかったがな。


 そんな訳で求人を使った素体の確保は『ヴレイヴ』の監視の目が厳しくなった事で断念。それ以降は組織が直々に動き、人間を拉致する事で素体を確保している。

 ボスやマッドサイエンティストが素体の確保に動く事はないので、主に実行しているのは怪人となった者たちと俺だ。


 正直に言って罪悪感はある。それでも悪の組織の一員として働かなければならない。葛藤はあった。

 だからこそ素体とする人間を選んだ。俺の罪悪感が少しでも和らぐように。


 俺が素体として拉致する人間は全て悪人だ。一つの例を上げるとすれば先程シャインレッドと戦った怪人No.28 マンティス。

 人間の時の名前は齋藤 大悟。前科はない。こいつがやっていたのは動物虐待。マッドサイエンティストの調べによればこいつの犯行で、42匹の犬と28匹の猫が犠牲になっている。

 鳥や爬虫類を含めればその数は100を越す。人間に手を出していないだけの畜生と言える。良くもまぁ隠し通したものだ。


 ここまでの悪人なら、怪人の素体として拉致する事に罪悪感は湧かない。これまで苦しんだ動物たちの痛みを味わうように、実験で苦しみ死んでくれと心から思った。


 俺の予想に反してこの男は怪人細胞に適合し、怪人となった。これまでの成功例から考えるに、善良な人間よりも悪人の方が適合率が高いように思える。

 怪人が連れてきた素体の適合率はおよそ2割、対して俺が連れてきた素体の適合率は10割⋯⋯つまり100%、全ての素体が怪人へと変異している。

 

 もっとも俺のように自我を持った者は今のところ一人もいない。だからこそ希少個体(レアケース)として多少の我儘が許されている訳だな。


 話を戻そう。連れてきた素体が怪人へと変異したのを確認した俺は、細かい調整と作戦を練って襲撃を行う事を決めた。

 標的はサンシャインのリーダーでもあるシャインレッドの家族、その妹の拉致。家族を人質にとってヒーローを倒すというのは、よくある手段だ。もっとも実行に移す前にシャインレッドに阻止されてしまった訳だが⋯⋯。


 今回の反省点を一つ上げるとするならば、マッドサイエンティストの無駄話に付き合った事だろう。あの時間さえなければ、他の怪人がサンシャインを引き付けていた事もありシャインレッドが間に合う事はなかった。


「どう考えても三時間は長すぎるよな」


 俺がマッドサイエンティストの話に付き合った時間だが⋯⋯世間一般的に、それこそ道行く人に尋ねれば三時間は長いと皆が答えるだろう。話好きのおばちゃんでも三時間は長いと感じるんじゃないか?

 兎にも角にもマッドサイエンティストに捕まった事で作戦の実行が遅れた。つまり!今回の失敗に関しての責任は俺だけでなくあのマッドサイエンティストにもあると考えている!


 ボスには、幹部としてヒーローを倒せと命令された気はするが、定時は過ぎていたからな。労働時間外の仕事はしない主義だから断らせて貰った。


「変なところでホワイトだよな、この組織」


 定時退社が許される場面ではなかった気がするが、普通に許された。悪の組織としてどうなんだと心底思うが、まぁいいか。前職ならサービス残業を強要されたところなんだが⋯⋯。


 一応、シャインレッドとマンティスとの戦いに割って入って、倒されそうになっていたマンティスは回収した。残業はしていないが最低限の仕事はしているだろう。

 シャインレッドと戦ったのはその一瞬だけ。それでも実力は計る事は出来た。


「強くなって欲しいものだな⋯⋯」

 



 ───ザザっと、再び頭の中にノイズが走る。



 労働時間外の連絡はやめて欲しいものだ。出ないという選択肢もあるが、自宅であるアパートに帰ってからずっと鳴り続けている。

 流石に鬱陶しいと思ったので仕方なく応答する事を決めた。こめかみに人差し指と中指を当てると、想像通りの声が頭の中に響く。


『我の事が嫌いか、クロ?』


 第一声がコレである。正直に言おう。


 ───ドン引きした。


 声の主は悪の組織『ベーゼ』のボスであり、先程も俺に連絡を寄越したユーベル様である。先程の威厳はどこへやら、今にも泣きそうな声で訴えかけるように言うものだから、普通に引いた。


 声は非常に可愛らしいし、実際に会った事もあるから容姿が優れている事も分かっている。その上で普通にドン引きしている。


 連絡を寄越したのがマッドサイエンティストなら、百歩譲って『超きめー』で済む話ではあるのだが、組織のボス。言わば俺にとっての上司に当たる者から連絡がコレ?

 会社で言えば社長の地位にいる人物から、かかってきた連絡がコレぇ?


 ───普通に引く。ドン引きである。


 この組織、大丈夫かと真剣に考えてしまった。⋯⋯さて、どうしたものか。

 正直、今すぐにでも連絡を切りたいところではあるがそれをすると後々面倒な事になりそうな気がしている。

 ため息を吐きたい気分をグッと抑え、返事を返す。


「嫌いではありませんよ、ユーベル様」


 好きでもないけど、と言葉を続けなかったのを自分を褒めてやりたい。


『そうか!そうかそうか!クロは我の事が好きか!』


 ───好きとは言っていない。


 なんだコイツと、組織のボスに対して向けてはいけない言葉が浮かんでしまったが、致し方ないと思う。


『ならば日頃の働きの褒美として我との会話を許そう!クロの気が済むまで何時間でも付き合おうぞ!フォリとは三時間も話していたな!ならば我は五時間でも六時間でも⋯⋯いや!朝が来るまで語り合っても構わぬぞ!』


 ───組織のボスに対する忠誠心があるとするならば、俺の忠誠心は地の底だ。ユーベル様に忠誠を誓うくらいなら、スーパーで働く佐藤さんに忠誠を誓う。

 あの人の接客態度は非常に良い。この人が働くお店なら遠くても通いたいと思うほどだからな。


 さて、ユーベル様との会話か。面倒な事になったと一瞬思ったが、都合のいい言質が取れた。


「ありがとうございます」

『うむ!では何を語ろうか!』

「いえ、もう気が済んだので切りますね」

『えっ!!』


 ───ブツと、音が鳴り頭の中で響いていたユーベル様の声が消えた。


 その後、何度も何度も頭の中でノイズが走る。鬱陶しい事この上ない。


「ノイズキャンセリングイヤホンとか効果あるんだろうか」


 きっと効果はないだろうなと、心中で吐き捨て頭の中で響くノイズから逃れるように缶ビールを口にした。


 ───心の底から思う。着信拒否機能が欲しいと。


「酒が美味い」


 そんな憂鬱な夜もまた、何事もなく過ぎ去っていく。


















 ◇


「つれぬなぁ」


 何度も何度も念話を入れても応答はない。素っ気ない対応だと言うのに不思議と怒りは込み上げてこなかった。


 それが可笑しく可笑しく、声を上げて笑ってしまう。


「ふふふ、ははははは!」


 良い。良い。悪くない。むしろ最高だ。心地よい気分だ。


 ───我の手元にあるのに我のモノにならない。


 ───我の細胞を受け入れたにも関わらず、我に囚われていない。


 それで良い。その方が良い。


「ふははは!」


 時間はある。ゆっくりと我が手中に収めるとしよう。




 




「愛しておるぞ、()()()()()


 

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