HEROES SIDE 2. 新たなヒーロー 前編
カフェレストラン『ブリリアントマドンナ』を出て───。
「ってどないなっとんねん!」
前はそないな名前ちゃうかったやんっと誰もいないにも拘わらず、思わずツッコんでしもうた。
店に来た時は外装に気が取られて気付かへんかったけど、食べる物食べてほな帰ろかって場面やで。直前までええ話をしとったのもあって、めっちゃ!シリアスな雰囲気やったのに、颯人と向き合った時に自然と看板が目に入るんよ。
───『ブリリアントマドンナ』って。
どないなっとんねん!前来た時は普通やったよね?カフェレストラン『野花』とかそんな名前やったと思うで?
店主も変わってへんかったし、なんで外装と一緒に名前まで変わっとん?
颯人とめっちゃシリアスなやり取りしとったのに、看板見た瞬間吹き出しそうになって困ったんやけど。何とか看板から目を背けて難を逃れる事は出来たわ。
危なかったわー。あと少しで最高にええ場面を俺のツッコミで台無しにする所やったわ。颯人もなんの事か分からずキョトンってするで!よー我慢したわ、ホンマに。
───もしかしたら颯人と会うのは今日が最期かも知れへんのに⋯⋯。
人の通りのない歩道で立ち尽くしてしまう。あかんわ、感傷に浸ってしもうとる。心を強く保たなこの先やっていけへんで。
俺はヒーローとして悪の組織と戦うって決めたんやろ!
大きく息を吸ってから息を吐くと気持ちが少しが楽になった。ほな、連絡しようか。
周りに誰もいないことを確認して、スマホの通話履歴から目当ての名前を見つけて電話をかける。2回目のコール音で聞き覚えのある声が耳に入った。
『はい、高橋です』
「朝比奈ですけど、すんまへん⋯⋯例の件でお電話しました」
『分かりました。すぐに向かいます。場所を伺っても?』
現在地の住所を伝えると『今から向かう』との事やわ。通話の切れたスマホ見てふと思った。どれくらいで着くんやろかって。時間を聞いてへんからどうしたらええか判断に困るんやけど。これで一時間とか待たされるんは勘弁願うで。
「電話した方が早いわ。その方がお互いの為やろ」
スマホの着信履歴からもう一度高橋はんに電話をすると、直ぐ後ろから着信音が鳴りおった。
「───は?」
慌てて振り返るとそこには黒のスーツを着こなした、七三分けが特徴な色男がおったわ。右手に持っていたビジネスバックを地面に置いてこちらに会釈した。
「すぐ向かいますと言ったと思うのですが」
「こないに早う来るとは思えへんやん!電話切ってから一分も経ってへんで!どんだけ近くにおったん?」
「不躾な事を申しますと同じお店でお昼を食べておりました」
え?高橋はんカフェレストラン『ブリリアントマドンナ』に居ったって事? 注意深く見渡したわけではないから、気付かへんかったわ。
それにしたって偶々ってわけではないやろうね。流石にタイミングが良すぎるわ。
「お店でおったんは偶々やないやろ?」
「はい。朝比奈様が家を出た辺りから付けておりましたので」
「うわ、全く気付かへんかった。え、でも何でそないなストーカーみたいな真似しとん?」
仮に後を付けてくるなら高橋さんみたいな男やのうて別嬪さんの方が素直に受け止められるで。黒縁のメガネをクイクイとしながら尾行してました、って言われても何も嬉しくない。
「一番大きな理由は朝比奈様を護る為といいましょうか」
「俺を護る為?どういう事です?」
「朝比奈様、ご自身はまだ分かってないと思われますが⋯⋯貴方様はダイヤの原石なのです」
「はぁ⋯⋯」
ダイヤの原石!って力説されてもよう分からへんのやけど。
「そうですね、この数値を見て貰えますか?」
高橋はんがスマホを取り出して、何かしら操作を行った後に俺に見えるようにスマホを突き出した。その画面には67%と大きく数字が浮かんでいるのと、その上は名前?
「シャインブルー?」
俺の記憶違いでなければ日本を護ってはるヒーロー、サンシャインの一員やったと思うや。そのシャインブルーが67%ってどういう事やろうか?
「スマホに映る画面はヒーロースーツの適合率を指します。見ての通り、シャインブルーの適合率67%でございます。ヒーロー全体で見ればちょうど中間くらいの数値です」
「そうなん?」
「ええ。以前お会いした時にお話したと思いますが、この適合率が高いほどヒーロースーツの力を引き出せる。つまり適合率が高いほど強いヒーローになれるというわけです」
前に聞いた話やな。身体能力が高い者が強いヒーローになるんやなくて、適合率が重要やって。
そして!と重大な事を発表する剣幕で高橋はんが再びスマホを操作してから俺に見えるように突き出した。その画面には先程と同じように、名前と数字が浮かんではった。
───朝比奈 太陽
───98%。
「分かりますか!これが貴方様のポテンシャルなのです!」
高橋はんが興奮し過ぎてちょっと引いた。ごめん嘘ついたわ。鼻息がふーんってなったのもあって、普通にドン引きしたわ。なんや知らんけど俺の数値が凄いってだけは分かる。
「今のトップヒーローでさえ86%です。貴方様がヒーローになれば間違いなく最強にして、最高にヒーローになれる!」
「あ、はい」
「だからこそ、ヒーローになる前の朝比奈様に危害が及ばぬように警護していたのです。不躾な行いですが、ご了承ください」
それはもう綺麗なお辞儀やったわ。日頃からやり慣れているんやろうなって嫌な想像をしてしまうくらい、洗練されたお辞儀やった。
つまるところアレやな。俺が凄い可能性秘めてるから、秘めたまま終わらんように警護してたって事やな。
せやけど、不良とか一般人相手ならともかく怪人が相手やと高橋はんでは助ける無理なんちゃうの?疑問に浮かんだ事をそのまま聞くと、自慢げに胸元を叩きはった。
「一見、分かり難くはありますが、なんとコレもヒーロースーツなのです!私はスカウトと兼業でヒーローをしておりましてね、『サラリーマン』と言うヒーローネームで活動しております」
「そうなんやねー」
なんや急に系統が変わってん?うちの国のヒーローって特撮みたいなスーパー戦隊やったよね。なんやねん『サラリーマン』って。洒落?
それはともかくとして、聞いた事がないヒーロー名やったから聞いてみたら、主に怪人の相手ではなく、今回のようなヒーローの卵の警護がメインらしいわ。適合率は75%を超えてるとかで、エリートなんですよってドヤ顔してはった。見た目に反して高橋はんがちゃんと戦えるって事が分かって良かったわ。
それにしてもどうやって適合率って調べはるんやろうか。俺の適合率は98%って出てたけど、計られた覚えとかないんやけど。
「なぁ、適合率ってどうやって調べてはるの?」
「これは機密情報になりますが、『悪の組織』が世界に宣戦布告をしたすぐ後に、血液検査が行われたのは覚えておりますか?」
「あー、怪人細胞に感染しているかどうかが血液検査で分かる、みたいな通知きてはりましたね。怪人細胞に感染していると悪の組織の手駒になってしまうとかで」
インフルエンザとか近年騒がれてた新型ウイルスみたいに人に感染して、怪人を増やすみたいに発表されとったわ。
感染しているかどうかは血液検査をする事で判明し、早期発見であれば怪人に変異する前に助けられるとか。
「ヒーロースーツの適合率はその時の血液検査を元に博士が調査し、数値として表したものです。もちろんですが、全ての人が受けた訳ではありませんが」
「せやなー。うちの上司も陰謀がどうとかで受けてへんかったわ。ウイルスみたいに感染する訳がないって」
「その考えは間違ってはいませんよ。怪人細胞は直接体内に取り込まない限り変異はおきません」
血液検査を受けてから二週間後くらいに『陰性』って結果が届いとったけど、アレって無意味やったんやね。怪人細胞に感染しているかどうかの調査やなくて、ヒーローを探す為の検査やったって事か。
国が公表した情報やから、政治家とかトップは関わってそうやな。
「怪人細胞って結局どういう細胞なん?」
「そうですね⋯⋯いえ、ここで話すような内容ではないので一先ず『ヴレイヴ』の拠点に向かいましょうか。説明するとなると、少しばかり話が長くなりますのでまずは、拠点へ」
「それもそうやなー」
周りに人がいないとはいえ、こんな歩道で話すような内容ではなかったと思うわ。高橋はんは機密情報とか言ってましたけど、大丈夫やろか?
「それでは、移動の準備をするので少々お待ちください」
「ええでー」
高橋はんがビジネスバックを漁って、30センチほどの円盤を取り出しているのを見ていると、不意にスマホの着信音が響いた。
スマホを見てみると颯人からの連絡やったわ。
───『無理するなよ』か。
無理してはるんは颯人の方ちゃう? しばらく会わんうちに雰囲気がだいぶ変わっとったで。
気だるげな感じは以前と変わらんけど、生気の感じない瞳からは蠱惑的な危なさがあった。
あかんな、颯人の心が心配や。立て続けに悪い事が起こり過ぎてるんやと思う。心を壊して道を踏み外さんとええんやけど⋯⋯いや、そんな心配をする前に俺が支えてやればええんや。それが親友ってやつやろ?
ヒーローとして活動した上で時間が取れるんやったら、できるだけ颯人と話したり会ったりするようにしよう。
髪整えたるわって名目で会うのもええな。今
日会ったばかりやから面倒くさがるやろうし、何かしら口実はいるからそれがちょうどええわ。
髪の色染めたり、髪型変えたりするだけでも雰囲気は変わる。見た目が変われば気分も変わる。ええんとちゃう? 今の黒髪も長髪も似合っとるけど、暗い感じが出てしまっとる。以前のように明るい色に変えないか、相談しよ。
「朝比奈様、準備が出来ました。こちらへ」
颯人に似合う髪型は何やろうと思考を巡らせていると、高橋はんから声がかかった。見れば足元にマンホールのような円盤を設置しており、その上にカードのような物が置かれている。
「これってなんなん?」
「瞬間移動装置と呼ばれる物です。この装置を使うとあらかじめ設定して置いたポイントへ一瞬で移動する事が可能です。まぁ、どういった物かは実際に体験すると分かりやすいかも知れませんね」
「ゲームとかで出てくるテレポーターみたいなもんか」
見た目がマンホールっぽいのはロマンがないわ。でも、こういう未知の技術って聞くだけでワクワクするわ。
「拠点には瞬間移動装置でしか行き来する事はできません。初めてで不安だと思いますが、どうかこの上へお乗りください」
「ありがとう。これでええ?」
不安一割、好奇心九割ってところやろうか? 高橋はんの気遣いにお礼を言いつつ、機械の上に乗る。すると高橋はんがスマホで何か操作をしてはる?
「それではお送りします。わたくしもすぐに参りますので、その場にてお待ちください」
足元の機会が光った! どういう風に移動するんやろか?ワープゲートみたいなんが現れるんやろか!?
未知の技術に期待に胸を膨らませとった俺に待っていたのは、これといった演出もなく気付いたら場所が変わっていた、というだけの現実であった。
「えー」
もうちょいさ、なんかあってもええやん。こんな一瞬で移動する普通? 期待を裏切る展開に落胆しながら辺りを見渡す。
「何もないやん」
正面に茶色の扉があるだけで、家具も何もない白い部屋。ん?あ!今気付いたけど、足元にめっちゃデカイ円盤があるわ。
高橋はんが言ってた瞬間移動装置ってやつを巨大化させた感じや。多分、これも瞬間移動装置よね? 見渡す限りだとそれ以外何もない部屋やわ。
ひとまず高橋はんが来るの待つとしましょう。すぐに向かうって言ってはりましたし。
「ん?」
それから30秒ほどぼーっと突っ立っていると、正面の扉が開き人が入ってきた。
「あれ、誰か帰還したと思って見に来たんすけど、アンタ誰っスか?」
───まず目に入ってきはったんは、馬の鬣のような立派な黒色のモヒカン。一目で手入れがどれだけ大変かが、分かったわ。
次に目が行くのは黒のサングラスと、口元を隠す黒色のマスク。顔は隠し過ぎて全く分からん!
身長は俺よりも高いな。190近くあるんとちゃう?鍛えてはるんか、胸板が厚い。立派な筋肉を持っとるわ。で、服装やな。
上から下まで見下ろして夢とちゃうよなって目を擦る。なんでトゲトゲがついた肩パットしてはるんやろ?
「⋯⋯⋯⋯」
───なんやこの世紀末から来たようなモヒカンは!?




