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悪の組織で幹部をやってる。時給3000円で。  作者: かませ犬
第一章 悪の組織

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第十三話 堕ちた先

「そうか⋯⋯」


 思っていたより平然と受け入れた自分に驚いた。いつか、こうなるんじゃないかと想定していたからかも知れない。


 ただ、太陽がヒーローになるとは思っていなかった。ヒーロースーツに適合し、ヒーローとして選ばれるのは極一部の人間だけ。

 俺が悪の組織の怪人となり、親友である太陽がヒーローなる?どんな確率だ⋯⋯。


 俺が想定していたのは、ボスが操る怪人が太陽やその周りに危害を与えること。


 怪人は自我を失っているのもあり、ボスの命令で動くだけの操り人間だ。そこに忖度は存在しない。

 俺の親友だから、親友の知人だからという甘い理由で見逃される事などありえない。


 あの太陽が悪の組織(俺たち)に復讐を誓うほどだ。手を出してしまったんだろうな、太陽の大切なものに⋯⋯。


「何があったか、聞いてもいいのか」

「ええで。けど、先にコーヒー来るの待とうや。この話をする前に喉を潤したいわ」

「そうだな」


 厳密にはコーヒーでは喉は潤わないのだが、何か飲んで気分を変えたいのかも知れない。カフェインを取れば多少は気分転換になる。


 それから間もなく店員がコーヒーを持ってやって来た。いつもの癖でお礼を言ってから受け取り、香りを楽しんでから一口飲む。美味しいと素直な感想が浮かんだ。


 太陽の方を見ると、砂糖とミルクを入れてマドラーで混ぜていた。砂糖の量が少し多い気がするな。甘党なのは別に構わないが、糖尿病とかになって将来苦労するのはお前だぞ⋯⋯。

 毎晩のようにビールを飲んでいる俺が言えた事ではないが。


「相変わらず猫舌なんだな」

「アホか!猫舌が半年やそこらで治るかい!俺の舌は繊細なんや、フーフーして飲まんと火傷してしまうわ」


 ホットコーヒーを頼んでおいて、息を吹きかけて冷ましている姿に笑ってしまう。コーヒーを注文する際に太陽が猫舌なのを考慮して、アイスにするかって、確認はしたが暖かい物を飲みたいとかでホットコーヒーを選んだ。

 で、結局冷ましている訳か。アイスコーヒーほど冷たくなるわけではないから一々気にするのも野暮か。


「あちち、⋯⋯でも美味しいわ。やっぱりここのマスターが淹れるコーヒーは絶品やで」

「淹れてるのはバイトの女の子だぞ」

「マジで!!」


 カフェの店主は他のお客さん用のランチを作っているのが見えた。コーヒーを淹れたのは俺たちの席まで持ってきた店員の子だろう。

 働き出したのは一年前くらいからじゃなかったか?大学が近いからここでバイトをしている、なんて話を店員から聞いた覚えがある。


「それで、何があったんだ」


 お互いにコーヒーを飲んで一息ついたタイミングで話の口火を切る。


「色々や。逆に俺も聞きたいくらいやで。颯人も何かあったんちゃう?」


 俺の顔、というよりは目を見て言っているな。歯を磨く為に洗面台に立てば鏡に映る自分の姿を見て、嫌でも実感する。俺自身、自覚している。


 ───目から光が消えている。


「どうしてそう思う?」

「目、澱んでるで」

「それはお互い様じゃないか」


 太陽が人の事を言えた事ではないだろう。会った直後は俺を心配させないように無理をしていたのが、よく分かる。今のこいつの目は俺と同じように澱んでいる。


「色々あったって事やな、お互いに」

「そうだな、色々あった⋯⋯。まぁ、俺の話は後だ。先に太陽の話を聞かせてくれないか?」


 この半年間、本当に色々あった。けど、その殆どは太陽に話せる内容ではない。ヒーローになろうとしているこいつに、怪人としての俺を話す訳にはいかない。

 

 ───どうすればいいんだろうな、俺は⋯⋯。


「ええでー。言うても長い話やない。『ベーゼ』に恩師が拉致されたって話やわ」

「工藤先生か」


 太陽が語る恩師というのは、太陽がまだ専門学校に通っていた時に美容師としての技術を教えてくれた先生の事だろう。何度か太陽の口から聞いた覚えがある。


 今の太陽を見ると想像も出来ないが、才能がない、辞めてしまいたい、と何度も挫折しそうになった時があるそうだ。そんな時に声をかけてくれたのが工藤先生だ。


 工藤先生の助言や、指導がなければ俺は美容師になれなかったと酒の席で何度も聞いた。その話を聞く度に、随分と懐いているなと不思議に思ったものだ。

 

「せや、二週間くらい前の話やわ。俺も直接現場におった訳やない。先生と一緒におった人が目撃してたんや」

「二週間前か⋯⋯」


 捕まった素体の多くは当日か、その後日に実験に回されるケースが多い。二週間前となると、もう工藤先生は人として生きていないだろう。怪人となっているか、肉塊になっているか⋯⋯その二択だ。


 太陽が語る人物像を思えば怪人へと変異している確率は低いだろうが、後でマッドサイエンティストに確認してみよう。


「怪人に攫われた人は誰一人帰ってきてへん。俺もそこまで楽観的でも、アホやないから分かるわ。もう手遅れやって」


 黒く澱んだ瞳から涙が零れ、頬を伝ってテーブルに落ちる。


「以前⋯⋯話していたな。工藤先生は俺にとってもう一人の親だって」


 昔、太陽から聞いた話ではあるが太陽の家は片親だ。太陽が7歳の時に両親が離婚し、妹と一緒に母親に引き取られたそうだ。

 母親の実家が太かったのもあり、片親だからと苦労した覚えはないそうだが、父親がいない環境が子供に与える影響はそれなりに大きい。


 小学生の頃なら特にだな。授業参観や運動会等、家族が関わる行事が多々ある。その度に比べてしまう。他の家には父親がいるのに、なんで自分の家にはいないんだろうって。そういった想いの積み重ねが、憧れへと移る。


 工藤先生は太陽が思い浮かべる理想の父親像に近かったのだろう。褒めるだけでなくダメな時はしっかりと叱り、太陽が資格を取得した時は自分の事のように喜んでくれた。


 学校を卒業した後も連絡を取り合って食事に行ったり、相談に乗って貰っていたようだ。20歳になった時には工藤先生からお祝いとして、酒の席に誘われたとも言っていたか?

 

 一教師、一生徒としては随分と関係が深い。もしかすると、太陽が工藤先生を父親のように慕っているのと同じように、工藤先生も太陽の事を息子のように思っていたのかもしれないな。


「父親のように慕っていた恩師が『ベーゼ』によって拉致された⋯⋯、太陽が憤る気持ちも良く分かる」

「ちゃうんねん」


 ───違う?


「父親のようにやない、工藤先生は俺の実の父親やねん」


 パズルのピースが埋まっていくように、二人の関係性に抱いていた違和感が消えていく。


「おとん、やねん」

 

 涙を拭いながら、太陽の口から工藤先生の話が語られた。太陽が実の父親だと知ったのは、20歳となったお祝いのお酒の席。酒に酔って口が軽くなった工藤先生の口からつい漏れてしまったそうだ。


「俺の名前は特徴的やから直ぐに気付いたらしいわ」


 母親の苗字である朝比奈も全国的に見れば少ない。父親からすれば名前を聞くだけで息子だと分かるだろう。

 だから、太陽が挫折しそうになった時に親身になって優しく声をかけ、時にハッパをかけて太陽を奮い立たせた。父親としての愛情か。


「子供の時に傍に居って欲しかったんが本音や。なんで今更になって俺の前に現れるんやって思ったわ」


 父親の前に現れた側は太陽の方ではあるが、太陽が文句を言いたい気持ちも良く分かる。


「けど、やっぱり⋯⋯おとんに会えたんは嬉しかったんよ。酒も入っとったし自分のこと沢山話して、おとんの話も沢山聞いた。子供の事を想うとギャンブルを辞められた、子供たちに胸を張れるように仕事を頑張れたって言ってたわ。⋯⋯離婚する前にそうして欲しかったわホンマ」


 離婚理由は父親のギャンブル依存って言っていたな。太陽の口から聞かされた工藤先生からは想像がつかない。太陽が言うように子供の為に奮起したのだろう。遅い気もするがな。


「俺も大人の仲間入りした後やし、親離れする時期やろ?今更、親に甘える事も出来んって」

「その割には頻繁に会っていただろ?」

「それは美容師としての技術を教わっていただけやで。甘えていた訳やない」

「ま、そういう事にしておこう」


 太陽が美容師として働き始めてからの方が苦悩は多かった。この辺は俺も酒の席で聞いているが、客のリクエストに応えられなかった時が一番悔しいって愚痴っていたな。

 そういう時に相談相手となり、太陽が求める技術を教えていたのが父親である工藤先生か。


「今年になってな、おとんも漸く覚悟が決まったらしくて⋯⋯俺だけやなくて向日葵にも会う事になったんよ」

「一週間後に、だろ?」

「何や知ってたん?」

「この間、電話で聞かされたよ。来週の日曜日に離婚していなくなったおとうはんに会う事になったって」


 嬉しいのか不安なのかよく分からないとも言っていた。幼い時に出ていったから父親の記憶も殆どない。どういう顔をして会ったらいいか分からないとかで、俺ならどうするって聞いてきたな。

 珍しく、不安がっていたから助言はしたが⋯⋯無駄になってしまった。


「せやけど、それはもう出来んくなったわ。『悪の組織(ベーゼ)』に攫われて(ひまわり)に会うこともなく⋯⋯」


 ギリっと歯ぎしりの音が聞こえた。


「せやから許せへんねん。(ひまわり)に会う事を不安そうにしながらも、楽しみにしてたおとんを知っとる。俺たちの事をずっと気にかけてくれた事を知っとる。なんで、なんで!おとんやねん!今からやってん!今からまた!おとんとの時間を作る筈やってん!」

「⋯⋯⋯⋯」

「なんで、おとんが狙われんといかんのや」


 狙ってはいない。怪人にそんな高度な事をする自我はない。たまたま怪人が襲う現場に工藤先生が居合わせた。言ってしまえばそれだけ。


 ───運が悪かった。その一言を今の太陽には口が裂けても言えなかった。


「許せへんかった。せやから、以前からあった話に乗ることにしたんや。なんや知らんけど俺、ヒーロースーツの適性が高いらしいんよ。スカウトの人が言っとってな」

「スカウトがいるのか?初耳だな」

「あかん、今のは機密情報やからお口チャックで頼むわ。とにかく、俺はおとんの無念を晴らさないかん。それに個人的な私怨もある。せやから『ベーゼ』を潰すって決めたんや」

「そうか⋯⋯」


 悪の組織(ベーゼ)の幹部として動くのならば、俺はこの場で太陽を殺すべきだ。だが、親友が相手となるとそんな気は一切起きなかった。甘いな、俺も⋯⋯。

 

 ヒーローとして悪の組織(ベーゼ)と戦う事を決めたのならば、俺と親友(たいよう)が衝突するのは時間の問題だ。流れ始めた激流を今更止める事は出来ない。


「そこまでの決意があるなら俺も止めはしない。ただ、死ぬなよ」

「分かっとる!俺も『悪の組織(ベーゼ)』を潰すまで死ぬ気はないで」


 俺はもう、止まれない所まで来てしまっている。


 この体に怪人細胞が流れている限り、俺はボスから───ベーゼから離れる事は出来ない。

 真っ当に生きるにしても、この手は少しばかり血に染まり過ぎた。生きる為にヒーローを殺す、そんな怪人に成り果てている。


 覚悟を決めよう。


 悪の組織(ベーゼ)の幹部として、ヒーローであるお前と会ったのならその時は、















 ───俺の手で太陽(しんゆう)を殺そう。

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