第十話 夕食
夏目が作った夕食を口をしながら、ニュースを流し見していると緊急速報としてアメリカの現地の映像が流れている。
テレビ画面の右上には18時15分を示す文字と、未だに現地で暴れているボスの姿が映っていた。俺たちがアジトに帰還してから4時間余り経過しているが、まだヒーローを相手に戦っているようだ。
戦いの余波で倒壊したビルや建物に火が引火し、火災が周囲のものを燃やしていく。ボスに敗れ惨たらしい最期を迎えたヒーローたちは映さないように気を使っているのが、見ていて分かる。観光地として有名だった場所が、今では現世に現れた地獄のようだな。
こんな映像をお茶の間で流して大丈夫なのかと疑問に思う。被害の映像がショッキングなのもあるが、映像に映るボスの姿は些かテレビ向けではない。
───テレビ越しに見ても小さい事が分かる体格。背中に届く藤色の髪の一部をハチ周りで結んでいる。ハーフツインなんて呼ばれる髪型だ。親友が美容師をしている事もあり、髪型について無駄に詳しくなったな。それはどうでもいいな。
側頭部から生えた鹿の角のように見える───ボスは竜の角だと譲らない───二つの角が、怪人である事を証明している。
返り血で汚れた左頬をよく見れば二匹の蛇が絡み合っているようなタトゥーが入っていた。大きくパッチリとした藤色の瞳からは嗜虐性が垣間見える。見た目は可愛らしい幼女ではあるが、性格は残虐。悲鳴を聞くのが好きだと語る異常者だ。
ヒーローを痛めつけて楽しそうに笑えば、特徴的なギザギザの歯が嫌でも見える。会った時は少し汚れていたが、指摘してから歯をしっかり磨いているのか、白い歯に変わっていた。
マッドサイエンティストに歯石を取って貰っているのを見た事がある。複雑な気分だった。
で、問題なのはボスの格好だな。一言で言えば裸だ。服を着ていない。それ故に全体的に肌色が多めであり、小さな胸と下半身の恥部や臀部を隠すように藤色の鱗が覆っている。腰の辺りから生えてトカゲのような鱗に覆われた尻尾。
ボスの言葉通りなら、これも竜の尻尾という事になるのだろう。
ボスは見て分かる通り怪人である。さりとて最低限の羞恥心は持って欲しいと心から思う。
俺はぺドフィリアでもロリコンでもないので、ボスの裸を見ても一ミリも欲情しないが、組織のトップが露出狂というのは部下としてもいただけない。
そんなアダルティな見た目のボスの姿が全国放送で流れてしまっている。恥だろコレは⋯⋯。
俺と一緒の食事を摂り同じ内容のニュースを見ているが夏目は何事もなかったように箸を進めている。夏目にとってボスの痴態はどうでもいいのかも知れない。
「なぁ、黒月先輩」
「なんだ?」
「今回の作戦はアジトの破棄が終わるまでの時間稼ぎじゃなかったのか? 作戦が完了してもまだボスや怪人が暴れているようだけど⋯⋯」
「作戦自体は既に終わっている。今、行われているのはヒーローたちに対する警告だ。不用意に探るような真似をするな。探ればどうなるか理解しろと、痛みと共に刻んでいる」
ヒーローたちよりも市民の心に深く刻まれるだろう。護るべき市民を考慮すればするほどヒーローたちは動きにくくなる。ヒーローは大変だな、護るものが多くて。
「日本でも同じような事があったな。アレでオレ様たちの先輩が引退する事になった」
「どういう事だ?」
夏目の話では日本支部のヒーローたちで『ベーゼ』のアジトに突入する作戦が立てられた。そのきっかけとなったのが『ベーゼ』が表に出していた怪しい求人票。
あの時のアジトの破棄の事を言っているのかと軽い気持ちで聞いていたが、俺が思っていた以上にヒーロー側に損失は大きかったらしい。
「フォリ様が言うに、あの求人票は素体を集める為のエサであり、『ヴレイヴ』の諜報能力を計る試金石でもある、そしてヒーローを誘き寄せる為の罠だった」
「最初からヒーローに求人票が見つかるのは想定していたというか」
マッドサイエンティスト曰く、メインは素体の確保でヒーロー達が探りを入れ始める前に集められるだけ集めて、必要が無くなったら罠として活用するつもりだった。
怪人が表に出て暴れ始めれば元を断つ為に、ヒーローたちは怪しい箇所を探し始める。万が一にもアジトを探り当てられたくないから、ブラフとして求人票を表に出していた。
あれほど分かりやすく怪しい求人だ。加えてこの求人票を見て就活に行った者が誰一人帰っていないとなれば、直ぐにヒーローだって気付くだろう。
「求人票に記載されていたアジトは何時でも破棄出来る状態にしておき、求人票自体に細工をしておく事でヒーロー側の突入タイミングを把握していたそうだ」
「後はヒーローがアジトに突入するタイミングに合わせて、罠を作動させるって訳か」
その現場は俺も目視していたから知っている。ヒーローが突入して間もなくアジトは巨大な爆炎に包まれた。
それでもヒーロー側に死傷者は出ていなかった筈だ。夏目は先輩が引退したと言っていたが。
「あの時の突入作戦にはオレ様も参加していた。あの爆発の中でオレ様たちが五体満足で帰還できたのは、突入作戦の指揮を取っていた先輩───シャインヴァイオレットがサンシャインの皆を庇ったからなんだ」
「シャインヴァイオレット?あまり聞いた事がない名前だな」
「普段は司令官の補佐と新人の育成を担当しているから、現場には出てくる事はないからな。突入作戦はサンシャイン結成以来の大きな現場になるから、司令官の名で指揮官についていた」
裏方を担当しているヒーローか。道理で聞き馴染みがない訳だ。ヴァイオレット⋯⋯紫か、いたな紫色のヒーロースーツのヒーローが。
夏目の口振りから察するにシャインヴァイオレットが庇っていなければサンシャイン全員に被害が出ていたという可能性が高い。
マッドサイエンティストが本気でヒーローを潰す為に罠を仕掛けていた訳か。
「ヒーローが死んだという報告は俺も聞いていない。夏目が言うように引退したという事はヒーロー活動が出来ないほど負傷したのか?」
「右腕の欠損と、両目の失明。加えて全身に深い火傷を負った⋯⋯とてもではないけど、ヒーローとして活動なんて出来ない」
右腕ならまだ義手という方法もあるが、両目の失明は無理だな。引退せざるを得ない状態に陥った。
「今は以前と同じように司令官の補佐をしている筈だ。目が見えないから実務は減っているが、頭脳はそのままだからな。作戦なんかを司令官と一緒に練っていた」
「そうか」
ヒーロー活動は引退しても補佐としては仕事をしている訳か。健気だな。
「失明してもまだ補佐をしているのは司令官の心を支える為だとオレ様は思ってる。司令官の決断で実行が決まった作戦で、先輩は障害が残る程の負傷をした。部下であり、妻でもある先輩の負傷だ。後悔しない訳がない」
「マッドサイエンティストの罠はヒーローたちの心に深い傷を残すと共に、警告として最大限の仕事をした⋯⋯」
自分の決断で配偶者が重症を負ったのならばその後悔は大きい。警告は楔として心に打ち込まれ、思い切った決断を取れなくなる。
あれ以降、日本支部のヒーローがアジトを探るような行いはしていない。人としては理解しうるが、トップとしてはあまりに甘い。
「今回のUSAのヒーローたちもそうなるのか?」
「今回の作戦で殉職したヒーローは確かに多いが、それ以上に市民に多くの犠牲者が出た。ヒーローやUSAの司令官はその程度で揺らぐような相手ではないが、市民は違う。ヒーローを止める楔としての役割を果たす」
ヒーロー達が俺たちを探ろうとすれば市民たちが悪の組織を刺激するような真似するなと、阻止をするだろう。
テレビの映像に映る惨状は、どれだけの市民の心を壊したか。少なくとも一月余りはUSAエリアは大きく動く事はないと見ている。
「⋯⋯ボスも帰還したか。ならこの騒ぎも直に収まるな」
テレビの中継映像には既にボスの姿は映っていない。最後に見た映像ではヒーロー50人を同時に相手取っていた。幾らボスが強いと言ってもUSAエリアの指折りのヒーローが連携を組んで挑むとなると、無傷とはいかない。
見た目が幼いのもあって、ヒーローに付けられた傷は痛ましく映っていた。怪人の対応を終えたヒーローたちが続々と駆けつけて来ていたのもあり、これ以上は危険と判断して帰還したようだな。
───数は力だ。
俺もボスも個人の実力は抜きん出ている自覚はある。一体一ならまず負けない。10人くらいまでなら纏めて相手に圧倒する自信はある。
それでもヒーローの数が二倍、三倍と増え、連携を取られれば危うい場面も増えてくる。やはり、優位に事を進めるにはこちらも数を揃える必要があるな。
「あ、そうだ!先輩に聞きたい事があったんだ!」
夏目が作った夕食の味を楽しんでいると、急に思い出したかのように夏目が声を出す。先程までと打って変わって不機嫌そうな表情をしており、聞きたい内容が俺にとって良い内容ではないのは明らかだった。
「先輩って、誰かと付き合ったり、婚約してたり、実は結婚してた⋯⋯なんてないよな?」
「ないな」
「ふーん」
これには関しては嘘をつく必要もないので素直に答える。だと言うのに夏目は納得しておらず、面白くなさそうにスマホを弄っている。嫌な予感がするな。
「じゃあさ、コレは何?」
目が据わってた。不機嫌そうに夏目が突き出したスマホの画面にはとある一文が映っていた。
俺も利用しているアプリだな。短い文章や画像や動画等を他のユーザーとコミュニケーションできるSNSであり、スマホの画面には『ゴールデン令嬢』というアカウントが文章を投稿しており、その内容を見て思わず固まる。
『金持ちである私の大切な婚約者が行方不明になっています!写真の男性を見かけましたら私に連絡をください!婚約者と再会出来た暁には連絡をくれた貧乏人に一億円を差し上げます』
その文章と共に写真が貼り付けられており、見間違いでなければその写真の人物は俺だった。
───は?




