05話 条件
魔法を使っているところを目撃された僕は、トリーシャの私室に通されると、全てを打ち明けた。
転生者であること。
ステータスを読み取る力のこと。
最近の悩みである、幸運が上がらないということまで。
思いつく限りの全てを話し終えると、トリーシャは大きく息を吐いた。
「……クロン、君は常々おかしな子どもだとは思っていたけれど、まさか転生者だったとはね」
あまりにも荒唐無稽な話なので、すぐに信じてもらえるとは思わなかった。
「もっと驚かないの……?」
「異世界の存在は度々論じられてはいるからね、これで色々と合点がいったよ」
トリーシャの冷静な反応は、寿命が長く、知識や経験が豊富なエルフだからこそなのかもしれない。
「ところでクロン、お前が天国で食べた果実というのは、もしかしてコレのことかい?」
そう言うと、トリーシャは本棚から古い本を取り出して、とあるページを見せてくる。
そこには、僕がかじった林檎のような果実が抽象的に描かれていた。
「これは『知恵の実』と呼ばれる果実でね、冥界の木に生っているとされ、一説では"悪魔の持ち物"とも云われている」
「ええっ!?」
悪魔の持ち物という言葉に背筋が凍る。
「僕、食べちゃったけど大丈夫なの……?」
「知らん」
冷たっ。
もう少し心配してくれてもいいんじゃないだろうか。
「まぁ、今もこうして生きているのだから毒ではあるまい、気にするな」
「それはそうだけど……」
やはり一抹の不安は拭えない。
「それに"覗きの力"も手に入ったんだから良かったじゃないか」
「!? ちょ、ちょっと待って!」
僕は思わず大声を出してしまう。
「ん、なんだ?」
「覗きの力ってなんだよ!」
トリーシャが言っているのは、ステータスを読み取る力のことなのだろうが、覗きというのは聞き捨てならない言葉だった。
「じゃあ、私の年齢は?」
「え……」
「私の年齢はいくつだ?」
「えっと、たしか……3000歳くらい……?」
「ほら、乙女の秘密を覗いてるじゃないか。スケベめ」
乙女て。
「はい。いま失礼なこと考えたな」
「…………」
「まさか、服とか透けて見えたりしないだろうな?」
トリーシャは胸元を隠す仕草をしながら、ジト目で僕を睨む。
「み、見れないよそんなの」
どうやらトリーシャは、自分のステータスを勝手に見られたことに怒っているようだ。
たしかに、何となくOKだと思っていたが、人の情報を無断で見るなんてデリカシーに欠ける行為だよな。
「これからグノーシスの力を使うのは、いざという時だけにしなさい」
「はい、ごめんなさい……」
僕が素直に謝罪するとトリーシャは表情を緩めた。
「うん、よろしい」
そう言って、僕の頭を優しく撫でてくる。
どうやらそれほど怒っていないようだ。
なんだかくすぐったい。
思えば、転生してからこうして誰かと話すのは初めてだ。
色々とバレた時はどうなる事かと思ったが、今はスッキリとした気分だった。
「……ねぇ、トリーシャってエルフだから魔法が得意なんだよね?」
「ん? まぁ、普通の人よりはね」
「じゃあさ、僕に魔法を教えてよ」
「!」
いい機会だと思い、僕はトリーシャに魔法の弟子入りを志願した。
「実は僕さ、『最強の魔法使い』になりたいんだ!」
「なんだと……?」
トリーシャの顔つきが変わる。
転生して以来、学べば学ぶほど奥が深い魔法の世界に、僕は徐々に虜となっていき、今では魔法を極めたい、最強の魔法使いになりたいと、そんな夢すら抱くようになっていた。
しかし、独学での勉強にはそろそろ限界を感じていた。
トリーシャの強さは知っている。
彼女が魔法の先生になってくれれば、僕はもっと強くなれるだろう。
「…………」
すると、トリーシャはしばし考え、
「嫌だね」
「え」
「お前には魔法を教えたくない」
バッサリと断られた。
「そ、そんな……」
やはり、勝手にステータスを見たから嫌われているのだろうか。
ショックで僕が気を落としていると、
「……だが、どうしてもと言うのなら、私の出した条件をクリア出来たなら魔法を教えてあげよう」
「ほ、本当……!?」
諦めかけた所で垂らされた蜘蛛の糸、
「やるよ! なんでもやるっ!」
当然、僕はそれに縋り付いた。
「ほう……その言葉に嘘はないね?」
「もちろん! 最強の魔法使いになる為なら何だってやってやる!」
「そうかい……」
だが、その言葉を僕はすぐに後悔することになる。
「なら条件は――『スオミンとキスをする』だよ」
「…………は?」