04話 不運
カエル事件から数か月が経った。
僕はといえば、相変わらずトリーシャとスオミンの目を盗んでは魔導書を読み耽り、より一層、魔法というモノにどっぷりハマっている。
少しずつだが日々強くなっていくのがとにかく楽しい。
(そう、楽しいのだが……)
最近、僕には一つの悩みがあった。
それは【幸 運】のステータスが全く成長しないということだ。
【名 前】クロン・エレウシス
【称 号】転生者
【種 族】人間
【性 別】男性
【年 齢】2歳
【属 性】水属性
【戦闘力】481
【精 神】E
【知 能】A-
【幸 運】F-
【戦闘力】、【精 神】、【知 能】は順調に上がっている。
だが【幸 運】だけがF-からうんともすんともいわない。
ちなみにスオミンの幸運はSだ。
(何故だ? 幸運はアホほど高いとでもいうのか??)
運というのは曖昧なものなので、無視しようかとも思ったが、やはりスッキリしない。
そんなわけで僕は、館に併設された礼拝堂へと来ていた。
ここで神様に祈れば幸運が上がるかもしれないと思ったのだ。
さっきトリーシャは買い物に出かけたし、スオミンは裏庭で日課である拳法の稽古中。つまり、いま館には誰もいない。
自由に動けるうちにさっさと祈ってしまおうと、僕は礼拝堂の中央に立った。
前方を見上げると、シャダイという神様の彫像が、ステンドグラスから差し込む陽光に照らされて建っている。
その荘厳な佇まいは、いかにもご利益がありそうだ。
(よし……)
僕は片膝をつくと目を閉じて手を合わせた。
(あぁ、偉大なるシャダイ様、大好きです、尊敬してます。なので僕に力をお与え下さい。具体的には幸運を上げてください。よろしくお願いします)
「…………」
(ついでに、スオミンがタンスの角に小指をぶつけますように。よろしくお願いします)
「…………よし」
完璧な祈りだった。
本当に神様がいるのならば、今ので幸運が上がっているはずだ。
早速ステータスを確認してみよう。
【幸 運】G+
祈る前よりもワンランク下がっていた。
「ぐふっ……」
僕はその場に崩れ落ちた。
(ふ、ふふふ……ちょっと面白いじゃないか)
どうやら笑いの神はいるようだ。
「……はぁ」
僕は仰向けに寝転がった。
(やっぱり、無理なのか……)
運というのは生まれ持った才能のようなもので、努力ではどうにも出来ないのかもしれない。
(それにしても、まさか下がるなんて……そりゃないよ、シャダイ様……)
期待が外れ、僕が不貞腐れていると、
『――……ゥゥ……ッ!』
外から奇妙な音が聞こえてきた。
とりあえず幸運を諦めた僕は、外の様子を見に行こうと立ち上がった。
◇ ◇ ◇
ギィィイイ
両開きのドアを押し開けて外に出ると、音が聞こえた方へと慎重に歩を進めていく。
「!」
門の前にまで来ると、音の正体に遭遇する。
「ぐるるるる……!」
「みぃぃ……みぃぃ……」
敷地の外で、小猫がコボルトに噛みつかれ、地面に抑え込まれていた。
小猫は助けを求めるように、か細い声で鳴いている。
「水魔法――『水弾』!」
僕はとっさに水属性の攻撃魔法を発動した。
1発の水の弾丸が空中に現れると、コボルトへ勢い良く飛んで行く。
「ぎゃぃんっ!?」
水弾が命中するとコボルトは怯み、その隙に小猫は茂みの中へ逃げていった。
「ふぅ……」
僕はひとまず胸を撫で下ろす。
「ぐるるるる……ッ!!」
こちらに振り向き、牙を剝いて唸るコボルト。
その左目には見覚えのある傷があった。
(あいつは……)
そのコボルトは、転生直後に僕を襲い、トリーシャに追い払われた個体だった。
(まさか、また会うとは……)
このまま館の中に逃げてもいいが、放っておいたらトリーシャやスオミンが襲われてしまうかもしれない。
「やるしかないか……」
僕は勇気を出してコボルトと戦う覚悟を決めた。
「大いなる水よ――『水弾』!!」
今度は唱句を詠むことで魔力を高め、一度に13発の水弾を展開する。
「グルアアアアッッ!!」
直後、コボルトがこちらに突進してきた。
まだ未熟な僕の水弾では、強い魔物を倒すほどの力は無いだろう。
(だが、コボルト程度なら――)
僕はまず3発の水弾を時間差で発射した。
「ぎぃっ!? ぎゃぁっ!! ぎぃぃ……ッ!!」
被弾したコボルトは出血して呻き声を上げる。
突進の勢いも落ち、確実にダメージを与えているようだ。
(よし……!)
勝てると確信した僕は、一気に勝負を決めようと、コボルトの頭目掛けて、残りの水弾をまとめて撃ち出した。
ビュオンッッ!!
が、それが良くなかった。
ズシャァッ――
運悪くコボルトが石で足を滑らせ、全ての水弾が空を切った。
「なっ……」
そのせいで、無防備なままコボルトとの距離が縮まってしまう。
(くそっ、やっぱり僕は運が悪いのか)
泣き言を言いたくなるが、そんな場合ではない。
僕は飛びかかってくるコボルトの爪を、後ろに倒れながら強引に回避しつつ、
「『水弾』……ッ!」
唱句を省き、3発の水弾を展開した。
(これで何とかするしかない……!)
そう覚悟した次の瞬間――
バチィィィィンッ
!?
コボルトが見えない壁にぶつかり、感電したように体を痙攣させると、煙を上げて崩れ落ちた。
「こ、これは……」
僕は一瞬、何が起きたのか分からなかったが、
「まさか、結界……?」
そういえば、館の外に魔物除けの結界を張っているとトリーシャが話していた気がする。
シュゥゥゥゥ――……
コボルトの肉体が塵となって風に溶けていく。
僕も初めて見たのだが、息絶えた魔物は闇の魔力の影響で、すぐに肉体が崩壊してしまうのだという。
「ふぅ……」
兎にも角にも危機は去り、僕は大きく息を吐いた。
どさっ
その時、近くで何かを落とすような音が聞こえた。
(え……)
僕は嫌な予感がしつつ、音のした方を恐る恐る振り向くと、
「あ……」
そこには、買い物袋を落としたトリーシャが呆然とこちらを見つめていた。
「ク、クロン……あんた、その歳で魔法が使えるのかい……?」
トリーシャは信じられないといった様子で立ち尽くしている。
(し、しまった……)
実はこの世界でも、魔法を使えるのはごく一部の素質ある者だけだ。
そして、そんな人間ですら魔法の習得は早くても10歳前後、今の僕くらいの子どもが魔法を使うなど、まず有り得ないことだった。
「な、なに言ってるんだよ……これは、その……魔導書に書いてあったことを試してみたら偶然出来ちゃったっていうか……」
僕は発射しなかった3発の水弾を慌てて消しつつ、なんとか取り繕おうとするが、
「それに、急にペラペラと喋り出して……あんた一体……」
「…………」
まだ喋れないフリをしていたのだが、それもバレてしまった。
(……もう、あきらめよう……)
こうして僕は、自身の全てをトリーシャに打ち明けることにした。