妖忌妃~Act.2 智魅という女性/2
かつて、この山には妖術王と呼ばれる強大な力を持つ妖が棲んでいた。妖術王はその偉大な力を持ってあらゆる妖を従え、一つの国を作り上げた。
その国は、ある日、人間の村を襲った。
しかし、妖術王は言う。人間を殺すなと。王は不殺を貫き、村を我が物とした。そして、そこで、人と妖を共存させようとした。
妖は人を喰らう者。妖は人を食らうことで力を得、人は妖を討つことで力を誇示する。その二つが共存する道など、始めから存在しない。
妖術王に従う者は、次第にその数を減らしていった。そして、そんなある日のこと、妖術王は自らの仲間に裏切られ、殺された。だが、妖術王は不死の存在、何度殺しても蘇るそれを見て、妖は人と共に要石を用意する。妖の力を抑える要石を人の手によって運び込み、妖の手によって傷ついた瀕死の妖術王を封印する。人と妖は力を合わせ、共存の道を奪ったのだ。
そして、その逸話は、人の手によって語り継がれることになる。
妖からも忌み嫌われた姫―――『妖忌妃』と。
午前中は隣の家の主人に案内されて公民館に併設された図書館でそんな書物を見つけて読んでいた。午後からはトモミとの約束がある。御伽は席を立ち、図書館を出た。
昨日と同じ道だというのに、なんだか今日は少し長く感じる。それはやはり、昨日聞いたトモミという女性は妖怪ではないかという話がひっかかっているからだろう。昨日の夜、役場の職員にも同じことを聞いてみると、同じような答えが返ってきている。あの女性は一体何なのだろうか。そんなことを考えているうちに、待ち合わせ場所である神社の跡地にやってきた。
「―――お待たせしました」
すでに到着していたトモミにそう言う。彼女はええ、とだけ言い、立ち上がった。
「今日はどこを探索するのかしら? どこでも案内いたしますわ」
いえ、今日は違うのです。御伽はそう言いながら階段に腰掛けた。トモミも同じように階段に座り、じゃあ、何かしらと訊ねた。
「あなたの事です。トモミさん」
ざわ、と風の流れが変わった。それと同じように、トモミの表情も笑顔から、驚き、また笑顔、そして氷のように冷たい表情に変化する。冷たい笑みをこぼし、トモミは言う。
「私のことなんて、どうでもいいことじゃありません?」
その言葉に、御伽も反論する。
「どうでもいいことじゃないですよ。昨日宿泊した家の隣に住む男性から、この山は国の持ち物だから、管理人なんていないと言われましてね。それで、昨日の夜、役場の職員に真相を問い合わせたところ、この山には管理者なんていない、とはっきり言っていました。それなのに、あなたは、いる」
いったいあなたは何者なのですか。御伽の問いに、トモミはにやにやと妖しく微笑んでいた。そして、不意に立ち上がり、二、三歩み出ると、風になびく黒髪を翻して、鈍く光る獣のような赤い目を御伽に見せ付けた。
「あなたは感じているかしら。ここには生命の存在を否定するものがある。―――あの大妖怪の封印が。それにより、ここには生きとし生けるものは存在できない。なら、ここにいるものはその封印の力を押し通せるものか、もとより生きていないものしか存在しない」
さて、私はどちらの存在なのか。呟くように、でも強い声で、柔らかく、鋭く突き刺さる、その旋律に御伽は息を呑んだ。これが、妖という存在。人間とは違うこの世界の住人。人の姿をなしながら、人を超越した力を持つ存在。御伽は、再びその存在を目の当たりにしたのだ。
「答えは前者。あなたはここにいる大妖怪すら押し返すほどの力を持った妖怪なのですね。―――トモミさん」
トモミは答えない。しかし、沈黙は肯定を意味するかのように、彼女は異常な雰囲気をかもし出している。
「ひとつ、私からも訊ねさせて頂戴」
不意に、トモミがそう言った。何でしょうか、と御伽は笑う。余裕のあるように振舞っているトモミではあったが、実際には御伽に対して異様な気味の悪さを感じていた。妖という高次の存在を目の当たりにしても何の恐れもなく、まるで対等の存在であるかのようにそこにいる彼。いったい何を隠しているのか。要石のようなものがあれば、人間でも妖に勝利できる。しかしそんなものを隠し持っているような風には見えない。もしかすると彼も、と一瞬だがトモミは感じていた。
「あなた、昨日、祠の要石を動かそうとしたわね。一体どうして? あなたはあの要石をずらせばどうなってしまうかくらい分かっているはずでしょう?」
「それは、理由なんてひとつですよ」
まさか、とトモミは思う。薄ら寒い思いがする。こいつは人間ではないのかもしれないという考えが確信に変わりつつあった。もし、あそこに封印された力を蘇らせて、それを悪用するつもりならば生かしておくわけには行かない。トモミは御伽に見えないようにこっそりと手に魔力を込める。




