竹取妖呪~Act.4 かぐや姫の帰還/5
竹取妖呪を読み終えて、かぐや姫は笑っていた。
「おかしな人ね。―――私のこと、呪い殺そうとするなんて」
御伽を見て、彼女はそう言った。
「不死なのに。殺せるわけないじゃない」
「でも、彼の呪いは成就したわね。これで、彼も死んだ」
「さて、じゃあ、私も遊びますか」
かぐや姫の声は次第に鋭くなっていく。御伽は感じていた、彼女の狂気を。人とは違う、底知れぬ暗い闇を。彼女のそばにいてはいけない。そう思うのだが、何故か足は動かない。恐怖、なのだろうか。
否。食われているのだ。姫の呼び寄せた、黒い土に。
気付けば足は完全に土の中に埋まっていた。底なし沼にでもはまるかのように体は少しずつ埋まっていく。しかし御伽は焦るようなそぶりを見せず、落ち着いて姫に話しかけた。
「あなたはそれでよかったのですか?」
「あら、恐怖で声が出ないのかと思ってたわ。―――ええ、いいのよ」
「単純な思考よ。私とは違う、幸せな人間たちを殺したい」
「それが、たとえ自分を滅ぼしたとしても」
「これは呪いだもの。あの人と同じよ。彼が今日まで生き続け、私を呪っていたように、私も今日まで生き続けてあなたたちを呪っていた」
「月の迎えがおかしいことに気付かなかった、あなたたちを」
「私をあの時、ただ見送った、あなたたちを」
「助けて欲しかったのに」
「不死になんて、なりたくなかったのに」
「―――だから、これは復讐」
皆死ぬまで、許さないんだから。かぐや姫は笑う。
刹那、黒い土は消滅する。御伽は開放されると同時に何かに体を抱き寄せられ、そのままどこかに消えてしまう。
そしてその後に現れたのは、トモミだった。
「月の民の争いごとなんか、地上の人間が分かるわけないでしょう? それを言うなら、騙されていることに気付かずに不死の薬を飲んでしまったあなたにも責任はあるんじゃなくて?」
かぐや姫は笑う。トモミを見つめて笑う。三日月のように口元をつり上げて、漆黒の瞳は、トモミをじっと見据えて。彼女は笑っていた。
「そんなの知らないわよ」
「あなたたちが悪いんじゃない」
「私だって、月のことは何にも知らなかったのよ」
「ただ、いつか迎えに来るってことを知らされていただけ」
「あの迎えも、薬も、みんな不死者の陰謀だったなんて、知ってるわけないじゃない」
「ねえ、どうして? どうして私はこんなにも不幸なの?」
「こんな運命の元で生きなきゃいけなかったの?」
「ねえ、教えてよ。―――教えてよ」
姫の頬から雫が一つ、零れ落ちた。だがそれは綺麗な透明の輝きではなく赤く鈍く光る彼女の血の涙。両手で頭を押さえて、泣いているかぐや姫を見て、トモミは眉一つ動かさずにそのまま立っていた。
「竹取妖呪を読んで、何か思うことはあったかしら?」
ふと、トモミは彼女に訊ねる。しかし、彼女は何か独り言を呟いて、トモミの言葉など聞いてはいないようだった。刹那、姫は腕をだらんと垂らし、呻くような声をあげ始めた。
「――――ひとつ、気付いていないようだから教えてあげる」
トモミはゆっくりと扇子を開く。そして、血の涙がじわじわと黒くなり始めている姫にそれを向けた。
「あなたは、幸せ者よ」