竹取妖呪~Act.4 かぐや姫の帰還/1
一つの光もない洞窟の中で、彼女は目覚めた。どうしてこんなところにいるのだろうか、と思い返すが、思い当たる節はない。
「お目覚めか? 霊冥姫」
妖の気配を感じ、サクラは声のするほうを向いた。暗闇のため、姿は見えないが、若々しいその声は静まり返った洞窟に妙に響き渡る。
「あなたは何? 私を捕らえてどうしようというのかしら?」
サクラはこの状況にあっても落ち着いていた。何せ踏んできた場数が違う。妖もそれは十分に理解していた。霊冥姫には脅しも嘘も取引も通用しない。彼女を従えるには、彼女の弱点をつくしか方法はないのだ。しかし、その弱点すらも冥界にある。この地上で彼女と対等に渡り合えるのは、五大妖くらいしかいないのである。
だが、彼は秘策でもあるというのか落ち着いた様子で霊冥姫に言う。
「あなたを人質に取らせてもらう」
「人質ね。―――呆れるわ。妖が、この私を知らないとでも言うの?」
彼女はゆっくりと妖扇子を広げ、暗闇の中、冥界の蝶を呼び寄せた。赤く光る蝶に、洞窟の中がようやく照らされる。
「霊冥姫を、捕らえられるかしら?」
妖はすぐさま彼女から距離を取り、何かを呟く。すると赤い蝶は突然消滅する。
「―――なるほど、ここにいる者たちは、あなたに従うわけだ」
堕人の群れの気配を察知し、彼女は呟く。魂を操る霊冥姫の力は魂のない堕人には通用しない。煉獄蝶を掴んで潰せるのは彼らくらいなのだ。だが、それ故に、霊冥姫の天敵ともいえる存在でもある。
「まずったわね。正宗丸を連れてくるんだったわ」
サクラは両手を挙げる。
「降参よ。こんな数に取り囲まれて攻撃も出来ないんじゃ、お手上げ」
「随分と潔いな。―――霊冥姫」
「年寄りですもの。自分の出来ることと出来ないことくらい知ってるわ。―――それより、この堕人は下げなさい。私、これ嫌いなの」
彼女はそう言って、再び蝶を呼び寄せた。
「ただの明かりよ。暗いところは嫌いなの」
妖はサクラを見て、笑う。
「妙な妖もいるものだ。―――では、すぐにここを出てもらう。あなたにはやってもらいたい事があるからな」
「ええ。従いましょう。だって、私は負けたのだからね」
その言葉には微塵も従うという気は感じられなかったが、この姫が初めからこちらに従うことなどないだろうと理解していた妖は特に気にも留めず、彼女を洞窟の外へ案内した。
外に出ると、あまりの眩しさに目を開けていられなくなる。妖扇子で光をさえぎり、サクラは周りを見渡した。深い森の中だ。そこは、サクラが最後に訪れた堕人の集落の入り口である。そこで彼女はようやく思い出した。竹取妖呪のことを知っているとすれば月の民だと思い、ここへやってきたことを。最近、月の民が頻繁にここを訪れているという噂は聞いていた。サクラはここにいる月の民から話を聞き出そうとやってきた矢先、ここにいた何者かによって襲撃され、洞窟に運び込まれたのだろう。サクラはようやく納得し、妖を見る。
「あなたも月の民なのかしら?」
妖はサクラと目もあわせずに森の奥を指差す。
「奴らがいるのは分かるな? あなたにはあれらの処理を頼みたい」
「物の怪―――ね。この山に生息してるって話は聞かないけど。何かを嗅ぎつけて集まってきたのかしら」
どうやら、私の仲間もいるみたいだし。サクラは笑う。
「なぁんだ。あんな脅しを仕掛けなくても、これなら協力したわよ」
「それは有難い。―――じゃあ、任せたぞ」
妖はそう言って姿を消す。サクラはふふ、と笑いながらまずは正宗丸と合流しようと一直線に妖の群れの中に飛び込んだ。