竹取妖呪~Act.3 月と物の怪/3
目指すのはタツヤのいる山奥の屋敷。農道を歩いて一時間ほど経過したさらにその奥にあるという山だ。山は人が歩くような道もないただの森である。どこに屋敷があるのかも分からないような深い森に、正宗丸ははあ、と息をつく。
「随分と深い森ですね。完全に自然のままだ」
「これじゃあどこに屋敷があるのか分かりませんね」
それも、と正宗丸は呟き、袋から刀を取り出した。
「ご丁寧に門番までついている」
森の中から姿を現したのは、二足歩行の妖。黒い体毛に覆われたかのような見た目だが、よく見ればあれは毛じゃあない。正宗丸に、訊ねると、あれは妖の中でも特殊な存在です、と答えた。
「堕人、と私たちは呼んでいます。月の罪人だそうです」
「おちびと、ですか。―――月から堕ちた人って意味でしょうかね?」
「いいえ。そうじゃありません。彼らは、生きることを放棄し、堕落した存在であると聞いています。どこかの山奥で群れになって存在していると主上は言っていました。本来、こんな好戦的な種族ではないらしいのですが・・・」
何者かに操られているのでしょうか、と正宗丸が言った刹那、堕人の一人が正宗丸に詰め寄る。しかし、正宗丸は距離をとり、刀でそれを切り伏せる。真っ二つになった堕人はそのまま倒れるのだが、再びそれは起き上がり、一つに再生したのである。
「蘇った・・・いや、あれは死なないのですか?」
「生きることを放棄したということは、死ぬことではないのです。その存在が自らの存在する理由を見失い消滅しているのです。つまり、これは生きていながら魂は存在しない抜け殻のようなもの。そうなってしまえば、本来、体は動かなくなり、いずれ消滅するはずなのですが、堕人は何故かそれを超越していると聞きました。それ故に、彼らは物理的攻撃で死ぬことはない」
「それじゃあ、どうやって倒すのですか?」
「それは、私が知りたいくらいです」
どんなに切り伏せても、彼らはこちらに向かってくる。正宗丸だけならば霊体化してすぐにでも逃げるのだろうが、御伽がいる以上、彼を残して逃げるわけにも行かない。
いつしか堕人の群れに囲まれて、身動きが取れなくなる。どんなに振り払っても、それは影にでも触れるかのようで、消えて、また元に戻る。しかし、それでも彼らは御伽の腕を掴み、拘束するのだ。そんな存在を倒す術などトモミの妖扇子くらいしかない。
「ようやく捕まえたか。―――全く、仕事が遅えんだよ」
そう言いながら、森の奥から一匹の妖が現れた。異形の姿をしたその化け物は正宗丸を見て、にやりと笑った。
「物憑き、か? ほう、面白いじゃねえか」
化け物は彼女から刀を取り上げる。すると、彼女の体は刀に引き込まれるかのように吸い込まれ、御伽には見えなくなった。
「正宗丸っ!」
「安心しな、人間。このガキは殺さねえ。俺の武器として有効に活用してやる。―――あの『呪縛王』が相手なんだ。これくらいの武器がねえとな」
妖はそう言って、森の奥に消えていく。それについていくように、御伽を捕らえていた堕人も姿を消した。彼はしばらくそのまま動かなかったが、不意に何かを思い出したかのように動き出す。
「しまった、正宗丸っ!」
妖を追って、御伽は深い森の中に入っていった。