竹取妖呪~Act.2 真実の物語/4
「不死の呪いなのです。この体はご先祖様の呪いによって殺されない限り死ぬことはありません。俺の家系は、この呪いを解呪するために、ずっと竹取妖呪と姫の帰還を待っていたのです」
「不死・・・? でも、この家にいるのはあなただけよね?」
「呪いがかかるのは、ご先祖様の血を引く者の末裔のみ。それ故に、俺の父と母は俺が生まれれば呪いから開放されました。本来ならば、この呪いを広めないよう、男と女が生まれるまで子供を作る決まりだったのですが、俺を産んですぐに母が山で動物に襲われて死にました。父も先日、病気で死にました。俺がこの呪いから逃れるためには、解呪を行うしかないのです」
トモミは彼を見る。迷いのない目をしている。嘘を言っているわけではなさそうだ。彼女は扇子を取り出して、そう、と相槌を打った。
「ご先祖様の復讐は竹取妖呪によって果たされるはずだった。でも、そうなる前に、かぐや姫は月に帰ってしまった。そして使う相手がいなくなった呪いは、あらゆる人間を食い殺し、そして―――」
「自分自身も食い殺した。―――人を呪わば、穴二つってヤツね。呪いは己自身に帰るものよ。死の呪いをかけたなら、等しく自分も死の呪いからは逃れられない」
「だから、ご先祖様はもう一つの呪いをかけたのです。それが、俺にかかっている不死の呪い。恐らく、竹取妖呪ほど強力なものではないのでしょうが。―――俺の予想なんですけど、ご先祖様は自らの復讐をさせるために、子孫に呪いをかけたんだと思います。でも、竹取妖呪を手元に置いておけば、これを読んで自殺してしまう可能性がある。だから、その本をあなたに預けたのではないですか?」
「――――」
竹取妖呪を受け取ったのは、死者の埋葬が終わった頃のことだった。トモミはくたびれて、墓の横に座り込んでいると、そこに一人の男がやってきたのである。
「―――違うわ。私に竹取妖呪を預けたのは、平安時代の陰陽師よ」
その男は、一冊の書物を彼女に渡し、依頼したのだ。この本の存在を消して欲しいと。人に災厄を振り撒くその本が後世に伝わることを恐れた人間は、妖であるトモミにそれの消去を頼んだのだ。
『これほどのおぞましい憎悪を見たのは初めてなのです。私たちにはとてもこの呪いを解くことは出来ない。―――どうか、お願いします』
『構わないけど、でも、本当にそれでいいのかしら?』
『どういうことです?』
『書物は、その方向性がどうであれ、その人の精神世界を現したもの。たかが呪いの一つや二つで、その思いすらも消してしまうのはただの自己満足じゃないかしら? あなたたちが良ければいいと思っていない? この本を残した人の気持ちはどうなるの?』
『しかし、これによって苦しむ民が大勢いるのです―――私も、もう長くはありません』
『分かったわ。ただし、これだけは譲れないわ』
「この本を本当に読ませたかった人に読ませることができるその日まで、この原本は私の手元に残しておく。この本を書いた者の思いが伝わるその時まで、預かっておくわ」
そうして、竹取妖呪は姿を消した。ここにある最後の一冊を残して。いつしか、その本の存在すらも忘れ去られ、妖の間で密かに噂されるものだけのものとなった。
「そう、約束したのよ」
この本を、かぐや姫の元へ届けると。トモミはタツヤにそう告げて、家を出ようとする。
「トモミさん?」
「今日はこれで失礼するわ。明日の朝に、またここで会いましょう」
玄関の扉を開ける前に、トモミの姿は消えてなくなってしまう。タツヤはしばらくそのまま動かなかったが、その後、倒れこむようにして床に寝転がった。
「ようやくだ・・・ようやく。終わる」