竹取妖呪~Act.2 真実の物語/3
「太古の昔から、月には一つの文明があったのです」
夜になり、タツヤの家にやってきたトモミ。山のふもとに存在するその屋敷は古来の形状をそのままに残し、森の中のぽっかりと切り開かれた空間に存在した。周囲に人の気配はなく、いやに静まり返ったその場所は明らかに異質であったが、トモミはそんなことお構いなしに堂々としている。彼は木製の箱をひとつ取り出し、トモミに見せる。
「その文明は、今現在の人類以上の技術を持ち、それらによって発展していったと言われています」
箱の中にはキラキラと光る金属のかけらが入っていた。
「これは? もしかして」
「蓬莱の玉の枝―――の破片です。我が家に伝わる家宝ですよ」
あの時の、とトモミは呟いてそのかけらを手に取った。
「確かに、あの時の物ね。懐かしいわ」
「月の姫はこれを偽者と言ったらしいですがこれは紛れもない本物です。ご先祖様は間違いなく、これを手に入れるために旅に出て、その末にこれを入手したのです」
トモミはかけらを箱に戻し、そうね、と呟いた。
「竹取物語を書き上げた者は、藤原氏に恨みを抱く者であるという説があるのは知っているでしょう? 藤原不比等を無様に描くため、初めから偽物を作らせたということにしているけど、これは紛れもなく本物なのよね。―――まあ、偽者か本物かの区別なんて実際つけられないけれど」
こんなものただの貴金属の塊だもの。トモミはタツヤの顔を見てそう言い放つ。
「でも、これは確かに本物だと、あの人も言っていたんです」
「あの人?」
「あ、いえ・・・。とにかく、これは月の姫にご先祖様の無念を知っていただくためにやらなくてはいけないことなんです」
タツヤはトモミをじっと見た。その目には、一片の迷いもない。それも明らかな異質であることをトモミは知っている。よほど純粋でなければ、迷いのない人間などいない。それも、相手に対して罪悪感のあるであろう行為をするのだから、迷いがないほうがおかしいのだ。それなのに、彼は純粋にそれを望んでいる。
確かに、この本の呪いは消えるべきものであるということは理解している。しかし、ご先祖様が残したその本の内容も知らない彼がそれを望んでいるのは何かおかしい気がする。時代はもうすでに妖を恐れない人間の時代なのだ。存在すら消えて久しい竹取妖呪を手に入れてまでわざわざ呪いを解呪しようとするこの男は一体何なのだろうか。
もう解呪の手段は聞き出したのだ。彼の正体を聞く時が来たとトモミは判断する。そして、単刀直入に切り出した。
「あなたは、何者なのかしら?」
タツヤはしばし黙った。そしてしばらくしてから呟くように答える。
「俺は、竹取妖呪の呪いを受けた者です」
「―――呪い、を? そんな、あれを受けた者は皆死ぬのよ?」
猛毒でも口にしたかのように胸を押さえて苦しむ者。大火傷を負ったかのように悶え苦しむ者。腐り落ちた腕をじっと見つめたまま動かない者。都は苦しみ死んでいく者で溢れていた。死体の処理もろくにされず、それらは皆、道の端に捨て置かれ、まさにこの世の地獄のような光景だった。トモミはその死体を一つずつ運び、都の外に埋葬した。あの呪いは人を無残に殺める呪いがかけられた本。逃れたものが一人もいないほどに強力な呪いなのだ。その呪縛を解き放ち、生きている人間などいるはずない。
「そうですね。―――あなたには、真実を話してもいいでしょう」
遅かれ早かれ、分かることです。彼はそう言い、笑っていた。