竹取妖呪~Act.1 もう一つの竹取物語/4
朝、トモミは居間に書置きを残して、いなくなっていた。
「しばらく出かけます。三日くらいで帰ります、ですか・・・」
御伽は竹取物語の企画のことを思い出す。取材にでも出かけたのだろうか、と判断し、既に用意されていた朝食を食べ始める。
「――――」
突然現れた正宗丸が御伽をじっと見つめていた。一体何なのだろうか、と思っていると、一つ気付くことがあった。トモミはいないこの状況で一体誰が朝食を作ってくれたのか。
「・・・ああ。ありがとうございます。正宗丸」
「―――いえ、主上からあなたの世話を任されていますので」
正宗丸はそう言ってそそくさと台所のほうに向かっていく。しかしそれでもこちらをまだちらちらと見ていた。御伽は、ああ、と呟く。そして、朝食を食べて、正宗丸に言う。
「おいしいですよ。ありがとうございます」
「―――ええ、お口に合ってよかったです」
安心したように彼女は微笑んでいた。腰につけた日本刀がなければ、本当にかわいらしい少女だと御伽は思う。ああ、そうだ、と御伽は何かを思いつく。そして、朝食後にそれを実行しようかと、留守を正宗丸に任せ、出かけていった。
御伽がいなくなってから正宗丸は居間にある食卓に着き、遅めの朝食を取った。食器をまとめて片付けた後、居間でようやく一息ついた。
「妖忌妃が消えたのは、やはり竹取妖呪のことでなのでしょうか?」
正宗丸が呟くと、最初からそこにいたのであろうサクラが現れる。
「恐らくそうでしょうね。昨日の今日だし、何かあったのかもしれないわ。―――もしかして、原本をなくしたのかも」
まさか、と正宗丸は笑う。しかし、サクラは真剣に言っていた。
「いるのよ。集めるだけ集めて特に管理もしない人って。特にトモミの場合は記憶の中に物を収集しているから、忘れちゃったらそれまでよ。なくしちゃったから、どこかに探しに行ったのかもしれないわ」
だったら、私も探しに行きましょうかね。サクラはそう言って姿を消す。正宗丸は引きとめようとしたが、聞き入れられなかった。
「―――もう。皆して楽しそうですね」
正宗丸は拗ねるようにそう言って寝転がった。ごろごろして、誰もいない空間に一人でいることを喜ぶ。座布団を丸めて、抱き枕のようにぎゅっとしてニヤニヤしていた。
彼女は家に一人でいると気を張る必要がなくていいと、案外一人好きな一面を見せている。もちろん、見ているのは御伽であった。材料集めも終わり、家に戻ってきていたのである。
それに気付き、正宗丸は驚いてすぐさま正座する。
「ああ、いや。そのままでいいんですよ」
「いえ。そういうわけにも行きませんので」
正宗丸は顔を赤くしてそう言っていた。
「その布は何に使うのですか?」
御伽の持っていたものに気付き、正宗丸は訊ねる。彼は秘密ですと答えて部屋の奥に入っていった。そしてそれから数時間経過し、正宗丸が昼食の仕度を整えた頃に戻ってきた。
「ようやく完成しましたよ。正宗丸」
指にあちこち絆創膏を貼った御伽はそう言いながら正宗丸に紺色の長細い袋を渡してくる。
「これは、何ですか?」
「剣をしまうための袋ですよ。そんなものを腰につけたままじゃ街中を歩けないでしょう? 外出する時は、これの中に剣を入れるんです」
物憑きはついている物から離れることは出来ないと、トモミさんから聞きました。刀を手放すことが出来ないなら、せめて目立たないように隠さなければまともに外出できないと思いまして。彼は少し照れたようにそう言った。
「これを、私に?」
「ええ。不器用なものであまり上手じゃありませんが。使ってやってください」
正宗丸は目を丸くして御伽を見ていた。そして、しばらくして嬉しそうに袋に刀を収め、御伽に見せる。
「どうですか? 似合います?」
「ええ。もう少しかわいらしい色がいいかと思ったんですけど、目立たなくするものを目立たせてはいけないと思い、地味な色にしたんですが、気に入ってくれましたか?」
「藍染めの布は大好きなんです。わざわざ私なんかのためにありがとうございます」
本当に嬉しそうに彼女はそう言った。そして、とたんに顔を赤くして、恥ずかしそうに呟く。
「殿方から贈り物をされるなんて、初めてです」
大切にしますね。彼女は年相応の女の子のように無邪気に微笑んだ。
その瞬間。正宗丸は嫌な気配を感じ取り振り向いた。
「どうか、しましたか?」
「―――いえ。なにか、妙なものを感じたのです」
全身が震え、血が凍るような冷たい感情を。
「何かが起こる予兆でなければいいのですが・・・」