妖忌妃~Act.1 山の管理人/2
「ほら、御伽さん。こちらですわ」
山の一番上にそれはあった。洞窟のようなその場所は、明らかに人の出入りを拒んでいる。縄で何十にも入り口が封印され、その上には最近つけたのか比較的新しい―――とはいえもう錆付いて久しいようだが、鎖もついていた。トモミは寒気がするらしく、自分を抱きしめるようにして自らの腕をさすっていた。
「ここが、大妖怪の封印ですか・・・」
「ちょ、ちょっと! なにをやっているのです!」
祠の中に入ろうとした御伽をトモミは止めた。ここは絶対に入ってはいけないとずっと昔から言われているのです、と彼女は御伽を睨みつけた。
「ですが、私はここを見に来たのですから」
その真剣な眼差しにトモミは理解する。どうせ止めても無理やり入る気なのだろう。この人はそういう人だ、と。
「―――わ、かりましたわ。今回は特別ですよ」
ですが、これっきりですからね。トモミは念押しし、丁寧に入り口の封印を外していく。そして、最後の封印の縄を解き、洞窟の中を覗きこんだ。
「私だって、ここには何度も立ち入っているわけじゃないですが、特に何かあるわけじゃないんですよ」
幸い、私には霊感がないから分からないだけかもしれませんが。私もですよと御伽も返す。そして、一分ほど歩いて祠の一番奥に辿り着いた。そこには鉄の檻と石を積んだような封印があった。
「これが、大妖怪の封印です。―――石を積み上げただけにしか見えませんけどね」
「いえ、コレは、ちゃんとした封印ですよ。これは要石という妖を押さえ込む専用の石です。それが、六つ・・・本当に力のある妖がここに封印されているのでしょうね」
その石に触れようとする御伽。しかし、さすがのトモミもそれだけは許さなかった。
「この石には触れてはいけません。もし崩れでもしたら、本当に・・・」
「―――そう、ですね。それもそうです」
御伽は我に帰ったようにそう呟き、そろそろ出ましょうか、とトモミに言う。
帰り道、先の神社跡で二人は休憩している。
「どうして妖の研究などをされているのですか?」
トモミの何気ない質問に、御伽はただの気分ですよ、と適当に返す。
「魚に興味があれば、魚の研究者にでもなっていたかもしれませんね」
きっと本当にそうなのだろう。御伽の様子は冗談を含めているようには到底見えなかった。
「そういうトモミさんは、どうして山の管理を? 誰も立ち寄らない山なら、放置してもいいのではないでしょうか?」
そうなのでしょうね、とトモミは言う。しかし、少し考えた後に彼女は首を横に振った。
「でも、ダメですわね。私はこの山を離れられないのです。たくさんの思い出があるこの山を・・・」
未練がましい女なの、私は。トモミはそう言い、歩き出す。それを、御伽が止めた。
「あの、明日も、ここに来て良いでしょうか?」
トモミは振り返る。
「―――ええ。では、正午に、ここでいいかしら?」
「トモミさん?」
「勝手に祠に入られたら困るもの。だから、私が見張っていませんと」
トモミは悪戯に微笑んで、御伽の返事を待たず、去っていった。
「トモミ、さん・・・ですか。―――不思議な人だ」
御伽はそう呟いて、山を下りた。
「御伽、さんか・・・。不思議な人」
トモミもそう呟いて、御伽とは反対方向の山道を進んで帰っていく。
「本当に、変な人」
自らの呟く声に、トモミは妙な胸騒ぎを感じていた。