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桜散花~Act.3 万年桜/3

 妖扇子を持って、蝶を打ち払う。御伽はムツキの元へ駆け寄ると、彼女がまだ生きていることを確認する。どうやら妖は簡単には死なないらしい。人間ならば即死しているであろう首の傷は既に少し塞がりつつあった。

「よくも、ムツキさんを。―――許しませんよ」

 は、と正宗丸は笑う。

「脆弱な人間が。主上の手を煩わせるまでも無い!」

 二刀を構え、御伽に接近する。しかし、御伽は怯むことなく妖扇子を構えた。

「――――っ! 正宗丸、下がりなさい!」

 サクラは正宗丸の足元に蝶を呼び寄せ、彼女を空高く打ち上げる。サクラの腕の中に落下した彼女はどうして止めるのですか、とサクラに問いかけた。

「あの妖扇子は妖忌妃のもの。あなたが触れてはいけないわ」

 正宗丸は思い出す。御伽が、自分の小太刀を一度消し去っているということを。あれと同じことが、今出来るとすれば、正宗丸はとうに死んでいた。

「気をつけなさい。私が援護するわ」

 サクラはそう言い、自分の妖扇子を翻す。

「主上・・・。分かりました。行きましょう」

 正宗丸は再び構える。そして、今度はゆっくりと御伽に迫ってきた。

「貴様、名はなんと言う?」

「―――御伽です。小説家をやっています」

「おとぎ・・・。貴様らしい名だ」

 正宗丸は右手の刀を縦に振り下ろす。御伽は横にかわした。そこへ、左手の小太刀が追撃する。後ろに飛ぶ。刀を突き上げる。再び後ろへ飛ぶ。小太刀による袈裟切り。リーチが短くよけるまでも無い。これだけの攻防が、わずか数秒の間に展開される。人間である御伽には、とてもじゃないがかわしきれるものじゃない。しかし、今は何故か動きが冴えている。必死になれば何でも出来るとでも言うべきなのだろうか、火事場の馬鹿力のようなものが御伽に働きかけていた。

 しかし、今度はそこにサクラの蝶が加わった。緑色の光が視界を遮る。そこに放たれる正宗丸の一撃。反応が遅れた。咄嗟に御伽は妖扇子で受け止めようとする。しかし、正宗丸は妖扇子に刀が触れる瞬間、自らの刀を止めた。刃を戻し、一歩下がる。

「―――どうしたのですか?」

 御伽が訊ねる。しかし、正宗丸は無言で再び剣を振るった。

 疑問を確信へと変えるため、御伽は再び剣を妖扇子で受け止めようとする。案の定、正宗丸は刃を戻した。

「もしかして、この扇子があなたの弱点とか?」

 トモミの力を持つ妖扇子。正宗丸の小太刀を一瞬で消し去ったこの力を極端に恐れている。どうやら正宗丸は、小太刀はともかく刀を失うわけには行かないらしい。

 そしてその瞬間、今日のトモミの話を思い出した。

『私のように人の形を持っている人間社会に適応した人間妖怪や、一部の人間にしか見ることの出来ない幽霊。それとは違い、人間にもその姿を見えるようにすることが出来る魂魄。動物から進化を遂げて知性を得た物の怪。物に魂が宿り悪さをする物憑きなど、たくさんいる』

 そうか、と呟いた。正宗丸は姿を消すことが出来るから魂魄か幽霊の類だと思っていた。しかし、本当は違う。

「あなた、本当は物憑きですね」

 あなたの本体はその体ではなく、この刀だ。御伽はそう言って、妖扇子を刀に触れさせようと扇子を振る。正宗丸は大きく跳躍し、それを回避すると、幽霊化し、一気にサクラの元まで戻った。

「気付かれたか。だが、しかし・・・そんなこと知ったところでなんになる?」

「少なくとも、あなたの弱点は知れました。もうあなたは怖くない」

 ふむ、とサクラは不意に妖扇子を閉じた。

「いいわ。正宗丸。下がってなさい。あなたに死なれると困るからね」

 サクラはそう言って、一歩前に出た。

「御伽、と言ったかしら。今度は私が相手をするわ。妖扇子を今すぐにでも渡してくれるなら、話は別だけど」

 冗談じゃないですよ。御伽は言う。サクラはあの時と同じ妖しい微笑をして、御伽にゆっくりと近づいてくる。

「そう。―――いいわ。じゃあ、戦いましょう?」

 扇子を開く。刹那、蝶が一気に御伽に纏わりついた。魂のエネルギーを吸い取るという蝶だ。しかし御伽は恐れることなくその町を妖扇子で吹き飛ばす。そしてそのまま突風を起こし、サクラを吹き飛ばそうとする。

 どん、と突き刺さるような一陣の風。その風は、万年桜を揺らし、花を散らさせる。サクラはそれを見て、表情を一変させた。

「私の桜に触れるなぁ!」

 サクラの手から黒い波動のようなものが飛ぶ。それが蝶であるということに気付いた頃にはもう遅かった。御伽の顔面に命中し、御伽は衝撃に吹き飛ばされる。

「―――私と義高さまの桜に傷をつけるなんていい度胸ね。いいわ、なら、ゆっくりと苦しめて殺してあげましょう」

 サクラは倒れている御伽の顔を掴み、持ち上げる。そして、妖扇子を軽く振り、そこから赤く燃える蝶を呼び寄せた。

「さあ、煉獄蝶。焼き尽くしなさい。この愚かな人間を」

 とてつもない熱を持ったその蝶は、御伽に触れるギリギリの位置を飛び、その熱を放出する。その暑さはまるで直接太陽に焼かれているかのようだった。

 一羽、また一羽と煉獄蝶は増えていく。御伽に触れてしまえば一瞬でその身を焼き尽くすその蝶で、あえてすぐに殺そうとしない。サクラは妖しく微笑んだまま、御伽が苦しんでいるのを見ていた。

 そこに、投げ込まれる一本の刀。サクラは咄嗟に御伽から手を離す。

「運命に逆らわず、散っていく花こそ美しい」

 長い髪をひとまとめにした青年が、その刀を投げたのだ。その服装はまるで平安時代の貴族を見ているかのようだった。青年はゆっくりと御伽に近づき、そして、彼を抱きかかえて安全な場所まで連れて行く。その光景を、サクラと正宗丸は呆気に取られてただ見ていた。

「嘘・・・義高、さま?」

 不意に、サクラは呟く。しかし、青年はそれを無視し、刀を拾い上げる。その刀は青龍刀。それをサクラに向け、青年は睨みつける。

「それを、こんなにも汚している」

 義高に似た、その青年はサクラ近寄っていく。サクラはすっかり彼を義高だと信じ、警戒を解いていた。

「義高さま・・・。約束を果たしに、帰って来てくれたのですね?」

 その異変に、正宗丸は気付く。

「ダメだ! 主上! その人に近づいてはいけない! その人は、義高さまじゃないっ!」

 その警告の言葉はもう遅かった。義高を抱きしめようと近づいたサクラは彼の持つ刃によってその身を貫かれたのである。

「―――え?」

「霊冥姫サクラ。あなたには、ここで、死んでもらいます」

 サクラの服に、じわりと血が滲んだ。口からは、こみ上げてくる血が流れる。サクラはまだ気付いていなかった。彼は義高ではないということに。刀を抜き、そのままサクラはその場に倒れる。正宗丸は、ショックのあまりその場に座り込んで動かない。

「―――どうして」

 サクラは呻くように呟いた。青年は振り返り、その場に倒れている彼女を見つめる。

「冥界の私的使用が気になっただけのことですよ。本来の冥界の機能を果たしているからいいものの、この有様。いつか来る危機のために、前もってあなたを討っただけです。他に理由なんてありません」

 この桜も破壊しなければいけませんね。青年はそう言って、桜に刃を向ける。その瞬間、サクラは呟いた。

「―――違う。あなたは、義高さまじゃない」

 血を流しながら、サクラはゆっくりと立ち上がる。そして、再び妖扇子を構えた。

「私と、義高さまの、桜は、汚させない」

「ほう。―――その体で、私と戦いますか」

 いいでしょう、と彼は刃を構える。

「私を誰かと勘違いしているようですから、教えましょう。私の名は高野。―――酒呑童子の末裔に当たる、鬼ですよ」

 漆黒の髪を翻して、タカヤはサクラに接近した。致命傷を受け、動きの鈍った霊冥姫は妖扇子でそれを受け止める。そして、反撃の蝶を呼び寄せる。赤く輝く煉獄蝶だ。しかし、タカヤは跳躍しそれを回避すると、手をかざし、ムツキと同じように言葉を呟く。

「鬼道・第三。『鬼道玉』」

 ムツキの倍近くはある巨大な火の玉が形成される。その炎の塊をサクラにぶつけようと放り投げる。しかし、サクラもそれを止める術があった。

「魂魄蝶っ!」

 青色に光る蝶。一斉に火の玉に纏わり憑き、火の玉を小さくしていく。そして、サクラにたどり着く頃には、すっかり小さな火の玉になっていた。

「―――舐めないことね。負傷していても、五大妖よ」

 サクラは次に様々な色をした蝶を一斉に呼び寄せた。物量でタカヤを追い込むつもりらしい。しかし、そんな程度でタカヤを止めることは出来なかった。

「鬼道・第六。『鬼道龍』」

 刹那、タカヤの体は炎に包まれる。そして、近づく蝶を全て焼き払うと、その炎は龍の形を成し、サクラに突進する。サクラはそれをかわすが、炎の龍は転進し、再びサクラに襲い掛かる。

「今度はかわせまい」

 タカヤのその言葉に、サクラは気付く。後ろには万年桜と正宗丸がいる。今、自分がよけたらただではすまないだろう。サクラは出来る限り大量の蝶を呼び寄せて龍を打ち落とそうとする。しかし、近づく蝶は全て炎に焼かれ、そのままサクラを飲み込もうと一気に接近した。

 その龍を、サクラは素手で受け止めた。

「私は、私はっ!」

 ただ、幸せな居場所が欲しかった。与えられたものでなく、自分が選んだ一番幸せな場所。それが、義高さまの隣だっただけ。

 幸せを求めるのが、そんなにいけないことなの?

 違う。そうじゃない。私は、間違ったんだ。

 愛すべき人を、自分の運命の選択を。

 でも、だけど。後悔はしていない。

 あの僅かだったけど、楽しかった日々。それだけで、いい。

 たった一年だけだったけれど、あの人を愛すことが出来ただけで。

 他の人を愛して、普通の生活を送るよりも、ずっと、ずっと。

 満ち足りて――――

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