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桜散花~Act.3 万年桜/1

 冥界と呼ばれる世界は魂の流れ着く場所であると、山名は言う。世界に存在できる魂の総量は必ず定量である。それ故に現世に強い未練を残し、この世に残留し続けようとする魂がある場合、その総量を超える可能性が出てくる。冥界は現世にとどまる魂を管理し、世界に存在できる魂の総量を監視し調整しているという。人間が少なくなり、魂の数が減った場合は冥界の魂を送り込み、逆に多くなった場合は魂を冥界に引き上げさせる。そうすることで、一定量を保ち、世界に平安をもたらしているのだと言う。

「その魂の数が定量に達しなかったり、あふれた場合はどうなるのですか?」

「数が少なくなると、智魅殿のような単種生命が生まれてしまう。種としての個体数を増やす必要のない数合わせの生物だ。逆にあふれた場合は、何らかの事象や滅亡を持って世界が魂を削り取る。それ故に死んだ後の魂がこの世に残留しすぎてはいけないのだ」

「それに、単種生命は無駄に強い奴が多いからね。冥界が魂を送り込むことでそれらが生まれることで起こるであろう争いを起こさないようにしてるのさ」

 だから、正確に言えばここは世界の中じゃない。山名はそう言い、空を見上げた。空は暗く、雲がかかっている。月は丸く、青白く光っていた。ムツキは不意に遠くのほうを指差した。

「ほら、見えてきたぞ。あれが桜花亭のシンボル『万年桜』だ」

 冥界はいまだ春の兆しが見えないのか、道には雪が積もっている。そんな中に、一つ、巨大な桜の木が顔を出していた。桜色に鈍く光る桜の木はひらひらと花びらを散らしている。雪の残る寒いこの冥界に咲く、満開の桜。その幻想的な光景に、御伽は目を奪われた。

「ここはまだ冬でしょう? なぜ、桜が?」

 山名は桜を見つめ、目を細めた。御伽の方を見、質問に答える。

「あの桜こそ霊冥姫の本体となる妖桜。霊冥姫は冥界の魂をあそこに集めている。そして、魂のエネルギーを自らのエネルギーにしているのさ。そのエネルギーが満ち溢れているからこそ、あの桜は常に満開の花を咲かせている。霊冥姫があの若さで五大妖を名乗っているのにはそういう理由がある。あいつは、冥界の魂を全て自らの力に出来るんだよ」

「実質的に、霊冥姫と戦うっていうのは、冥界全ての魂を相手にするようなものなんだよ」

 ムツキは燃えてきた、と武者震いして呟く。

 この話を聞く限り、戦力差は圧倒的だった。冥界には膨大な量の魂があるのだろう。それら全てを自分の力に変えてしまう妖、霊冥姫をどうやって倒そうというのか。

「じゃあ、後は任せたぞ。俺は智魅殿の救出を最優先に動く。お前たちは出来る限りの時間稼ぎをしてくれ」

 山名はそう言うと、一瞬で空に消えていった。御伽は、ムツキを見る。すると、彼女はあの時と同じように、手をかざし、その手を紅く光らせていた。

「鬼道・第三。『鬼道玉』」

 ムツキの言葉と同時に、その手に赤い炎の塊が宿った。それを持ち上げて、彼女は桜めがけてその火の玉を放り投げた。

「ケンカの始まりだっ!」

 その刹那、御伽はムツキに腕を掴まれ、とんでもないスピードで道を走らされる。その途中、霊冥姫の使いである妖がいたのだが、ムツキはそれを一撃で蹴り飛ばして一気に桜花亭にたどり着いた。

 門の前には門番がいる。戦国時代の足軽のような格好をした槍を持った妖だ。ムツキはいったん立ち止まると、再び手をかざした。

「ここは通さんっ!」

「悪いね。雑魚にかまってる時間が惜しいんだよ」

 一瞬で距離をつめ、そして放たれる鬼道拳。爆発に巻き込まれた門番は屋敷の門にぶつかり、扉に巨大な穴を開けた。その穴から、ムツキは中に侵入した。御伽も同じように屋敷の中に侵入する。

 歴史の資料に載っているような平安時代の屋敷を思わせる霊冥姫の屋敷、桜花亭。魂だけしかいないと思われていたその屋敷だったが、かなりの数の妖がその屋敷の中にはいた。ムツキはそれらの妖を適当に倒しながら屋敷を進んでいく。ムツキが通り、開いた道を御伽は妖扇子片手に進む。

 屋敷の庭に万年桜はあった。桜の花が舞い散るその場所には、よく見れば大量の魂が浮かんでいる。桜の木の周りを飛んでいる魂たちは何故か霊感のない御伽にも見ることが出来たのである。

「どうして、ここの魂は私の目にも見えるのでしょうか?」

 呟くと、木の下で二人を待っていた少女が答える。

「この木は主上の本体ともいえる桜。冥界にたどり着いた魂はこの木に吸い寄せられ、力なき者は木に魂の力を全て吸い取られ消えてしまう。しかし、魂のエネルギーが強く、奪われても消えることなく残留し続けた魂は妖となる。俗に言う幽霊だ。さらにそこで主上の餞別を受け、選ばれた魂はこの冥界の城、桜花亭で働くことを許される。ここにいる魂はただの魂などではない。強い意志を持ってこの世界に残留することを望み、結果、妖となった者たちだ」

 そして、と呟き、少女は刀をムツキに向ける。

「私もその一人だ。主上に選ばれ、身の回りの世話と警護を任されている。故に、侵入者は容赦なく、叩き斬る」

 それを見てムツキもにやりと微笑んだ。拳を赤く輝かせ、戦闘体勢に入る。

「我が名、正宗丸。霊冥姫―――サクラ様を守る。守護の剣」

 刹那。正宗丸はムツキに飛び掛る。ムツキは赤く染めた拳を、剣に叩き込む。ぎん、と鋼と鋼がぶつかり合う音が聞こえた。

 拳の赤が、血の赤に変わる。いくら鬼の末裔といえど、刀を素手で受け止められるほど拳は硬くないらしい。御伽がそう思った次の瞬間、正宗丸の刀は炎を上げた。

「知ってるか? 鬼の血はよく燃えるんだ」

 ムツキの血はまるで火炎放射器のような炎を上げて、正宗丸を焼き尽くす。バックステップし、彼女は手をかざしてそこから炎の玉を再び形成した。

「これで仕舞いだっ!」

 投げつけた鬼道玉。地面に落下した瞬間、巨大な火柱となり、爆発炎上した。すさまじいまでの破壊力を、火力を持ったこのムツキという少女。あの時、もしも彼女が本気で戦っていたら、自分と山名はここに来ることなく終わっていたかもしれないと空恐ろしくなる。

 しかし、侮っていた。いや、忘れていたのだ、御伽は。ムツキの火力を前にして、正宗丸は成す術もなく敗北したと思ってしまっていた。彼女の能力と、力をあの時、目の当たりにしていたというのに。

「その程度ですか」

 不意に、ムツキの後ろから正宗丸が姿を現す。気付いたときにはもう遅かった。正宗丸の剣は、ムツキの背中を切り裂く。

 彼女は幽霊の妖。掴んでも、攻撃しても、幽霊化している間は何も通用しないのである。攻撃が通るのは、姿を現したほんの一瞬の隙を突いた時だけ。

 ムツキはそのまま倒れた。正宗丸は彼女を踏み、刀を突き刺そうと構える。だが、ムツキもそのままでは終わらない。彼女にはまだ、切り札があったのだ。

「鬼道・第四」

 ムツキが呟いた刹那、ムツキの急激に熱を持ち始めた。蒸気を発するその体に驚いて、正宗丸は距離を空ける。

「これやると、筋肉痛になるんだけどな」

 ゆっくりと起き上がり、彼女は再び手を正宗丸に向けた。

「鬼道砲っ!」

 赤く輝く炎の柱がムツキの手から放たれる。正宗丸はとっさにそれを回避した。桜花亭の塀に命中したその赤い光は、触れた刹那、その土壁を跡形もなく消し去ったのである。

 正宗丸は綺麗に丸型にくり抜かれたその塀を見て、笑う。

「そうでなきゃ面白くない。長きに渡る平安に私も退屈していたんだ」

 本気で行こう。正宗丸は小太刀を抜き、あの時のように二刀流の構えを見せる。だが、ムツキは何の考えもなしに、正宗丸に飛び掛った。一切の恐れもないのか。確かにあれだけの破壊力を持った力を持つ少女だ。一撃を当てればそれで終わる。しかし、敵は幽霊の妖、正宗丸。消えてしまえば攻撃は当たらない。

 消える前に攻撃を打ち込もうと、ムツキは俊足を持って、鬼道拳を叩き込む。その破壊力は御伽や山名に打ち込んだ時とは比べ物にならない。爆発力はすさまじく、正面に叩き込んだにも拘らず、地面にまで大穴を空けていた。

「言ったはずだ」

 しかし正宗丸は踏みとどまった。刀を十字にクロスさせ、鬼道拳を真正面に受け止めたのである。あれだけの破壊力、あれだけの力を持ったあの一撃を、止めたのだ。あの正宗丸という少女が。

「私は守護の剣だと」

 ムツキが血を吐いた。正宗丸の後方から放たれた一撃が、彼女の首を射抜いたのである。彼女はそのまま倒れ臥し、動かなくなる。桜の木の下には、それを放った主が静かに微笑んでいた。

「あらあら、かわいいお客様ね」

「―――霊冥、姫・・・・」

 御伽は後ずさりしながら、桜の木の下にいる扇子を持った女性を見た。十二単のような着物に身を包んだその女性。黒髪が冥界の冷たい風に吹かれなびいている。その女性が、扇子を翻したその瞬間、御伽の足元からあの鈍く光る蝶が湧いた。

「では、せっかくのお土産ですし、いただきましょうか」

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