桜散花~Act.1 五大妖/2
「―――と、そうでした。カヤノに一応言っておかないと」
「カヤノ? ああ、この間の子」
長期で出かける可能性のある時は一応連絡してくれと言われている。まあ、あれだけ物にあふれた部屋の中で生活しているような自堕落な彼のことである。ガスをつけっぱなしにしていた、水道を出しっぱなしにしていた、なんてことがありえると思っているのだろう。
「あの子と随分親しいのね。恋人か何かなのかしら?」
「いえ、あの子は中学校の頃の後輩なんですよ」
高校に進学せずに小説家になった私にこの部屋を紹介してくれたのも彼女です。御伽はそう言いながら、真下にあるカヤノの部屋のインターホンを鳴らした。
「あら、御伽さん。お出かけですか?」
「ええ。ちょっと山名市の方へ。取材がてら」
「ああ、じゃあ、車出しますね。今日は暇なので」
「いいえ、それには及びませんよ」
カヤノを妖関係の話に巻き込むわけには行かないと御伽も良く理解している。ちゃらんぽらんな人間の割には危険かそうでないかはしっかり理解しているのだ。
「じゃあ、お気をつけて」
カヤノに手を降り、二人は出発した。
「山名市なら、この町のバスターミナルから都市間バスが出ています。大体三時間くらいで付きますよ」
時代は変わったわね、とトモミがぼやく。
「昔なら二、三日かけて歩いて行ったものよ。人間は楽をすることに文明を発展させて堕落していったのね」
先ほどコタツの魔力に敗北した者の言うことではない。
「でも、ま、楽することに関してなら、私も同じようなものだけどね」
そう言った刹那、トモミの髪があの祠で見たように紫色に光り輝いた。そして次の瞬間、御伽の見ていた風景は町並みから一気に田舎に変わる。
「―――なっ・・・。トモミさん、今、何を?」
「空間移動よ。私の能力の応用。ああ、そっか、あなたにはまだ能力について教えてなかったっけ」
山まではもう少し歩くから、歩きながら説明しましょう。トモミはそう言って、ゆっくり歩き出した。
「能力、妖の持つ力のことね。人間とは別の方向性を辿って現在に至っているのだからそれ故に人間とは違う能力を持っていて当然よね」
トモミはどこからか扇子を取り出した。
「これが、私の能力。『無と有を操る能力』よ。今の扇子みたいに何もないところから生み出したり、逆にその存在を消すことも出来る」
妖によってそれぞれだけど、この能力によって妖の強さが決まるといっても過言ではないわ。それはトモミがいい例である。何かの存在を操れるということはすなわち、相手を消し去るも、生み出すも自由なのだ。彼女が妖術王なんて呼ばれていたのはこの能力のおかげだろう。しかし、妖にそんな特殊能力があるということは、あの千歳にも何か特別な力があるのだろうか。トモミに訊ねると、まあ、妖だから何かしらの力は持っているでしょうね、と一言。
「さて、お話はここまでよ。山名の哨戒天狗に見つかると厄介だから、静かに進みましょう」
あら、その必要はないわよ。山から降りてくる一人の女性が、笑顔でそう言った。
「この山はね、昔はたくさん天狗の方がいたそうですけど、人間の開発が進んでしまって、すっかりいなくなってしまったんですよ」
今さっきまでそこには誰もいなかった。突然現れた小柄な女性。長く美しい黒髪が風になびいている。服装は至って普通で、とてもじゃないが怪しい人物には見えなかった。
しかし、御伽には分かる。この人からはトモミと同じものを感じたのだ。違和感。ここにいるべき存在じゃないという、明らかな違和感があったのだ。
「気付いて、いるようね」
「ええ。残念ながら。私たちはこの山にいる妖に会いに来たのですが」
「だから、もうここにはいないわよ」
百年位前からもうここにはね。女性はとたんに目を細め、優雅に笑って見せた。
「あなたは誰かしら? どうして私がここにいると分かったの?」
「ふふ。教えてあげない」
その態度にむっとするトモミ。
「いいわ、だったら」
取り出した扇子と共に、トモミの髪が光り輝く。
「その体に直接、訊いてあげる」