桜散花~Act.1 五大妖/1
お疲れ様。トモミはそう言って、御伽にお茶を持ってくる。
「すみません。いろいろ手伝ってもらって」
「いいのよ。あなたの仕事が終わるまで、私も動けないんだから、手伝うのは当然のことよ。それにね」
「それに?」
「楽しいのよ。色々やってみるのが。実に四百年ぶりの家事だもの。楽しくてしょうがないわ」
これからも色々やってあげるわね。御伽に微笑みかけるトモミの姿は妖というよりも主婦に近いものがあった。まあ、本人が楽しみでやっているのを断る理由もなければ御伽自身、カヤノがたまに来てくれなければ家の掃除も洗濯も料理もしないのだ。どちらかといえばありがたいのである。
「じゃあ、これからもよろしくお願いしますね」
「ええ。任せなさいな」
さて、と不意にトモミは表情を真面目に切り替える。
「じゃあ、妖のことについて少し学びましょうか」
まあ、私も最近の妖についてはあまりよく知らないのだけど、とトモミは言う。まあ、あの生物が寄り付かない山の中に四百年近くいたのだ。知識も情報も四百年前で止まっているのだろう。
「でも、ま。妖とは古代よりの慣わしや慣習にとらわれた生き物だからほとんど変わっていないでしょう。一旦は私の知識で一通りのことを教えましょう」
そう言って、トモミはどこからか持ってきたのか分からない白衣をまとう。そして、眼鏡をし、にやりと笑った。
「どこでそんなもの調達してきたのですか」
「いや、人にものを教えるときはこの格好でしょう?」
「どこの常識ですかそれは」
まあいいから聞きなさい、とトモミは御伽を一喝する。
「妖・・・それは人間世界の裏でひっそりと生きる別の生物の総称よ。あなたたちの世界じゃ、妖怪とか呼ばれてる。人間世界の持つ科学技術とか、観測技術では確認が取れないもの、存在を証明できないもの。或いは、元より人間社会に溶け込んで人間には違いの分からないもの。伝承や噂話だけの存在とされて、都市伝説化しているものなどのことを指すわ。それ故に妖という定義に当てはまるものたちは結構たくさんいるのよ」
でも、一緒くたにしないで頂戴ね。トモミははっきりと言う。
「妖の中には種類もたくさんいるのよ。私のように人の形を持っている人間社会に適応した人間妖怪や、一部の人間にしか見ることの出来ない幽霊。それとは違い、人間にもその姿を見えるようにすることが出来る魂魄。動物から進化を遂げて知性を得た物の怪。物に魂が宿り悪さをする物憑きなど、たくさんいる。人間妖怪である私からすれば、野蛮な物の怪なんかと一緒にされたくないわ」
あれは知性を得たといっても人間とまともな会話ができるような連中じゃないもの。トモミはよほど物の怪が嫌いらしい。
「そして、これらの妖を統べるのが、五大妖ね」
「なんですかその陳腐なネーミングは」
小説家である御伽は的確にツッコミを入れた。
「昔からそう呼ばれているのよ。まあ、四百年前の話だし、もう数も変わっちゃってるかもしれないけど」
ひとつ、咳払いをし、トモミは五大妖の説明に入った。
「五大妖はこれら全ての妖の頂点に立つ存在よ。その力、能力はあらゆる妖の上を行く。それ故に、普段は姿を現さず、自分のテリトリーの中で暮らしているわ」
「トモミさんはその五大妖なのですか?」
「まさか。私はその上よ。言ったでしょう? 私は妖の中の妖。私に勝てるものなんていないのよ」
妖というだけで人間の力を超えた存在だというのに、その中でもさらに強いものがいるという。まあ、人間社会にも強い弱いがあるのだ。妖にだってそれくらいはあるということだ。
「私が封印される前の五大妖は水妖妃、呪縛王、火炎描、吸血鬼、死神姫の五人だったわね。今はどうなっているのか知らないけど」
ああ、そう言えば、彼女は不意に思い出したかのように話し始めた。
「あなたに会わせたい妖がいるのよ。私を山名まで連れて行ってくれないかしら?」
山名。隣県に存在する町だ。瑞穂市の隣に位置し、K県の中でも比較的大きな都市である。あそこに妖がいるという噂は聞いたことがない。しかし、彼女がいるというのだ。今はどうなのかは定かではないが確実にそこに妖がいたのであろう。
「分かりました。行きましょうか」
「よし、決まりね。じゃあ、すぐに支度しなさい」
いつもの鞄を手にとって、御伽は居間に戻る。いつでもどこかに出かけられるように彼はいつもそういった支度を整えてあるのだった。
「じゃあ、出発しましょうか」
準備がいいのね。トモミは呆れていた。