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妖忌妃~Act.4 そして始まる物語/2

 御伽はその日、急いで帰らなくてはいけない用事があった。それは毎月書いているコラムの締め切りである。二週間ほど時間があったにもかかわらず、彼はまだ何も手をつけていない。しかし、また担当編集者を泣かせるわけにも行かず、御伽は帰りの電車の中で文章をでっち上げていた。

「―――あること無いこと書くのが得意なのね。あなた」

 妖忌妃―――トモミは呆れたように呟いていた。退屈そうに外の風景を眺め、時々、何かに目を惹かれるのか、過ぎていく風景を追うように見つめている。

「不思議なものね。昔は夜に人間は外を出歩かないものだったというのに―――人はもう、夜を恐れることは無いのね」

「いいえ。私は、そうじゃないと思います」

 原稿用紙に文章を書きなぐりながら、御伽は言う。

「人は夜を恐れなくなったのではなく、恐れることを忘れてしまっただけだと、私は思います」

「――――」

 がたん、がたんと電車は揺れる。トモミは黙ったまま、また外を見ていた。そして数時間して、風景が変わる。

「これ、は・・・」

 トモミは目を奪われる。今まで見たこともないような夜の、昼の世界に。

 瑞穂市は真夜中になっても町のネオンが明るく輝いている。これまでに電車が通過した町とは違い、この瑞穂市は大都市であった。K県第二の都市と呼ばれるだけあり、眠らない町とでも呼ぶべきその明るさと、人の多さ。その輝きに目を奪われるトモミ。

「ねえ、御伽。この町は夜でもこんなに明るいの?」

「ええ。瑞穂市はこの界隈でも一番の大都市ですからね」

「不思議なものね。暗くない夜なんて」

「今の時代は、どこもそんなものですよ」

 これから帰る町も、そんな感じですからね。御伽が言うと、トモミは楽しみね、と微笑んだ。

 それから数十分、電車に乗って、御伽とトモミは電車を降りた。そこは、日本最大の都市、東京。案の定、トモミは目を光らせた。

「すごいわね。まるで地上に星が降りたみたい」

「私の家はここからもう少し行った所にあります。車を待たせてありますので」

 駅を出て、駐車場に向かうと車の前にひとり、女の子が立っている。やや色の抜けた短い髪。見た目と不相応な落ち着いた服装。間違いなく、カヤノだ。車の中で待っていればいいものを、と御伽は思うが、帰りを出迎えてくれる彼女の優しさは素直にうれしいものだった。

「ただいま、カヤノ」

「おかえりなさい。―――この人が、お姉さんですか?」

「お姉さん?」

 御伽は、口裏を合わすようにとトモミに伝える。トモミはどうやらそう言うのは得意らしい。任せなさいと、一言言って、カヤノにお辞儀する。その姿は、妙にさまになっていた。

「はじめまして。私、御伽の姉のトモミですわ」

「あっ、はい。私は御伽さんの住んでるアパートの管理人の娘で、カヤノと言います。はじめまして」

 御伽がいつもお世話になっています、とトモミが微笑む。カヤノは頬を赤らめて、いえ、と呟いた。

「とりあえず、帰りましょう。もうくたくたです」

 御伽の言葉でその場はそれで終わる。三人は車で一時間ほど走り、目的地である御伽の家、アパート『鎚の荘』に到着する。年代を感じる古臭いアパートだった。トモミはあまり村と変わらないわね、と呟いた。

 だが、外観以上に部屋の中はさらに酷かった。4LDKという東京にしては広い部屋なのにもかかわらず、本の山で足の踏み場がない。それを見て、カヤノがため息をつく。

「御伽さん。本を積まないでくださいってあれほど言ってるじゃないですか・・・。お母さん、天井が落ちてくるんじゃないかって、心配してるんですから」

「このくらいで落ちたら逆に手抜き工事ですよ。大丈夫です」

 それは大丈夫ってことじゃないですよ。呆れたようにカヤノはそう言って、トモミを見る。

「お姉さんからも何か言ってあげてくださいよ」

「―――そうね。これからしばらくここに住むことになるんだし、片づけをする必要がありそうね。明日からやらせるから、今日は勘弁してあげて頂戴ね」

 そう言うと、カヤノはよろしくお願いしますと言い、部屋を後にした。それから居間のあたりの本だけを片付けて、ようやく足の踏み場を確保した頃、御伽。トモミが呼ぶ。そして、言う。

「空気が淀んでいるわ。窓を開けて頂戴」

 そして椅子に座る。吹き抜ける風に、トモミの髪が揺れ動く。それを見て、御伽は息を呑んだ。その風貌はまさに、あの巻物に描かれた妖忌妃そのものだったからだ。

「これから、世話になるわ。―――よろしくね」

 やわらかく微笑むその表情に、わずかだが、彼女からの信頼を感じる御伽であった。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 妖を学ぶ小説家、御伽と再び自らの悲願の成就を目指す妖術王、トモミ、そして彼女の命を狙う妖たち、それぞれの思惑を乗せ、物語は動き出す。

「さ、とにかくまずは食事にしましょうか。数百年ぶりに目覚めたからお腹が空いているのよ、私」

 妖忌妃らしさは皆無な台詞だった。大妖怪と呼ばれた彼女でも、どうやら空腹には負けるらしい。




 妖忌妃~first strange /了

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