第7話 デートの余韻と不穏な影
週末。橘紗月とのデートの日がやってきた。待ち合わせは駅前の広場。本屋さんに行く約束をしたが、彼女と一緒に過ごすというだけで、胸の高鳴りを抑えられない。
「お待たせ、杉村君!」
橘さんが軽やかに駆け寄ってくる。カジュアルな服装だが、鮮やかなブラウスにフレアスカートが彼女の魅力を引き立てている。
「……似合ってる。その服。」
「本当? ありがとう!」
彼女が嬉しそうに微笑む。それだけで、今日が素晴らしい一日になりそうな気がした。
本屋の入口に着くと、彼女はすぐに店内を見渡しながら楽しそうに歩き出した。
「こういうところ、結構好きなんだよね!」
「そうなんだ。どんな本を読むの?」
「ジャンル問わず、いろいろかな。でも最近は小説とかエッセイが多いかも。」
店内を歩きながら、彼女は次々に棚を覗き込んでいく。その横顔はどこか無邪気で、俺はつい見惚れてしまう。
「杉村君って、何を読んでるの?」
「あ、俺はライトノベルが多いかな。例えば――。」
手に取った本のタイトルに目をやる。
『ぼっちの僕、イケメンの俺』
「えっ、このタイトル、面白そう!」
橘さんが肩越しに覗き込む。その距離感に思わず心臓が跳ねる。
「いや、これ、俺みたいなやつの妄想が詰まってそうな内容だよな……。」
「そう? なんかちょっと共感しそうだけど。主人公が葛藤しながらも変わろうとしてるんじゃない?」
「そう……なのかな?」
俺の答えに彼女がくすっと笑う。
「杉村君、読んでみたら? 私も後で感想聞きたいし。」
彼女の言葉に促され、俺はその本を手に取ることにした。
会計を済ませると、橘さんが小さな声で囁いた。
「ねえ、杉村君。私、ここのレジの人に顔覚えられてるかも……。」
「え、なんで?」
「だって、毎回迷って買わずに帰っちゃうから、変な人だと思われてるかも。」
その言葉に思わず吹き出してしまう。
「じゃあ、今日はいろいろ買っていこうか。」
「えー、杉村君って意外と大胆なんだね!」
彼女のいたずらっぽい笑みに、自然と笑顔になる。
本屋を出た後、橘さんと軽い会話をしながら駅へ向かっていた。日が沈みかけ、街全体が夕焼け色に染まる中、彼女の横顔が穏やかに映える。
「今日、本当に楽しかった。また一緒に来たいな。」
「うん、俺も。また誘ってよ。」
そんな会話を交わしていると、突然、不穏な声が耳に飛び込んできた。
「だから、今すぐ返せって言ってんだろ!」
「無理です! 本当にそんなお金はありません!」
視線を向けると、橘さんの家の前で、彼女の母親らしき女性と見知らぬ男たちが言い争っていた。男たちは3人組で、明らかにただ事ではない雰囲気だ。
「お母さん……?」
橘さんが足を止め、小さな声で呟く。その表情には驚きと恐怖が入り混じっていた。
「橘さん、これ……。」
「杉村君、ごめん……今日はここで……。」
彼女は振り返り、申し訳なさそうに頭を下げてから、急いで家の方へ走っていった。
俺はその場に立ち尽くし、彼女の背中と男たちの険しい声をただ見つめていた。
(なんだ……この状況は?)
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