第6話 ノート×デート=チート?
木曜の夜。部屋の静寂の中で、俺は机に向かっていた。目の前には「ドリームノート」が開かれている。橘紗月とのやり取りを思い返しながら、心の中に言い知れぬ葛藤が渦巻いていた。
(最近、橘さんと話す機会が増えた。それがすごく嬉しい。でも……これもノートの力がなければ無理だったんだろうな。)
ノートに頼ってしまう自分に対する情けなさと、橘さんと過ごす時間への期待――その二つの感情が胸の中で交錯する。
(もっと彼女と話したい。もっと知りたい。でも、自分から誘うなんて無理だ……。)
心の中で呟き、ペンを手に取る。そしてゆっくりとノートに書き込んだ。
『金曜日のお昼休みに廊下へ出たところで、橘紗月と会い、土曜日に一緒に出かけない?と誘われる。』
ペンを置くと、ノートが微かに光を放った。その光を見つめながら、胸がざわつくのを感じる。
(これでまた、俺はノートの力に頼ってしまった。でも、これが俺にできる精一杯だ……。)
金曜日の昼休み。教室で弁当を食べ終えた俺は、教室の喧騒から逃れるように廊下へ出た。特に目的があったわけじゃない。ただ、一人になりたかった。それだけのことだった。
「杉村君!」
突然の声に振り向くと、橘紗月がこちらに向かって駆け寄ってきた。廊下に響く彼女の明るい声が、周囲の喧騒を一瞬だけ静めた気がした。
「えっ、橘さん?」
驚きながらも反射的に返事をする俺。彼女はにこやかに微笑み、俺の前で足を止める。
「ちょうどよかった! 杉村君、明日って空いてる?」
「え……明日? 空いてるけど……どうして?」
「本屋さんに行きたいんだけど、一緒に行かない?」
突然の誘いに、頭の中が真っ白になる。本屋に一緒に行く――それだけのことなのに、俺にとっては特別すぎた。
「えっと……いいの? 俺で。」
「もちろん! 杉村君、本好きでしょ? 一緒に行ったら楽しいかなって思って。」
彼女の笑顔がまぶしい。無邪気なその表情には、どこか自然さがあった。ノートの力で生まれた結果だとしても、この瞬間だけは嘘じゃないと信じたかった。
「わ、わかった。じゃあ、行こう。」
「やった! じゃあ明日、駅前の広場で10時に待ち合わせね!」
彼女は満足げに笑い、手を振りながら教室へと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は一人、心の中で呟いた。
(これがノートの力の結果だ。でも……普通ならこんな美少女が俺なんかを誘えば、周りがもっと騒ぎそうなものだよな。それが全然ないのは……やっぱりノートの力が影響してるんだろうか?)
教室から漏れる声や笑い声が、遠く感じる。普通なら、俺みたいなカースト底辺の人間が橘紗月に誘われたら、何かしら反応があってもおかしくない。それなのに、誰も俺たちの会話を気にしていない。まるで何事もなかったかのようだ。
(ノートって……本当に怖いな。)
周囲を見渡しながら、改めてその力の恐ろしさを感じた。もしこれがノートの強制力によるものなら、橘さんが俺を誘うことが周りにとって「自然」だと認識されているのだろう。
(橘さんは、どんな気持ちで俺を誘ってくれたんだろう?)
胸の中で疑問が渦巻く。ノートの力を使わなければ、こんな出来事は絶対に起きなかった。それでも、彼女の無邪気な笑顔を思い出すと、嘘でもいいからこの時間を大事にしたいと思ってしまう自分がいる。
放課後、帰り支度をしていると、橘さんが再び声をかけてきた。
「杉村君、明日のことなんだけど、何か読みたい本とかある?」
「特にこれってのはないかな。でも、探してみるのも楽しそうだよね。」
「そうだよね! 私も最近気になる本がいくつかあってさ。」
「どんな本?」
「うーん、日常系とかちょっと感動する話が好きかな。あ、でも杉村君ってもっと難しい本とか読んでそうだよね。」
「いや、そんなことないよ。俺もライトなもの結構読むし。」
「ほんと? じゃあ明日、いろいろ教えてね!」
彼女の楽しそうな声に、自然と笑みがこぼれる。ノートの力を使ったとはいえ、彼女とこうして話せることが嬉しかった。
その夜、ベッドに横たわりながらノートを見つめていた。橘さんからの誘いが現実になったことに喜びを感じる一方で、どうしても消えない違和感が胸を締め付ける。
(俺が誘われたことに誰も驚かなかった。普通なら、もっと周囲がざわついてもいいはずだ。なのに、みんな当たり前みたいに受け入れてた……。)
ノートの力がどれほどの影響を与えているのか、その答えは分からない。ただ、その力に自分がどっぷり浸かり始めていることに気づくと、背筋が少し寒くなった。
(橘さんとの時間を大切にしたい。それは本心だ。でも、この力に頼り続けていいのか……?)
ノートをそっと閉じ、目を瞑る。明日の約束が楽しみである一方で、その裏にあるものが恐ろしくも感じられた。
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