第33話 ノートがもたらした誤解
雨が止んだ火曜日の朝。湿った空気が教室に漂う中、俺は机の中から例のノートを取り出し、小さく息をついた。文化祭の頃から、このノートが引き起こす不思議な出来事には感謝している。でも同時に、その力がどんな影響を及ぼすか、少し不安も感じていた。
「もっと紗月と話す機会がほしいな……。」
そんなことを呟きながら、俺は軽い気持ちでノートに書き込んだ。
【もっと紗月と話す機会がほしい】
昼休み、俺は榊原と雑談をしながら教室を出て、いつもの空き教室に向かった。窓際には、すでに紗月が座っている。
「遅いよ、悠人!」
彼女が振り向いて軽く頬を膨らませる。その仕草に、自然と笑みがこぼれた。
「悪い、榊原に捕まってた。」
「ふーん、まあいいけど。」
そんな軽いやり取りをしながら、俺たちは並んで弁当を広げた。だが、今日はどこか紗月の様子が違う。話しかけても反応が薄く、視線も合わない。
「紗月、何かあった?」
俺がそう聞くと、彼女は一瞬ハッとしたように目を見開いたが、すぐに笑みを作って答えた。
「別に何もないよ。」
その言葉は明らかに何かを隠している響きだった。その違和感が胸に引っかかったまま、午後の授業を迎えた。
放課後。廊下には夕陽が長い影を落とし、教室から出る足音が響いていた。そんな中、嫌な声が耳に入る。
「橘さんもさ、あんなやつと相合傘とか、どういうつもりなんだよ。」
その声の主は1年3組の生田だった。その言葉に胸がズキリと痛む。俺の頭にはノートのことが浮かび、昨日の願いがこんな形で影響を与えたのではないかと不安が押し寄せた。
急いで声のする方に向かうと、廊下で俯く紗月と、詰め寄る生田の姿が見えた。
「橘さん、俺らの気持ちも考えてくれよ。カーストの底辺と相合傘とか、普通しないだろ?」
その言葉に俺の視界が赤く染まった。彼女が困った表情で俯く姿が耐えられなかった。
「おい、生田!」
強く呼びかけると、生田が振り向き、睨みつけてきた。
「何だよ、お前? 文化祭でちょっと注目されたからって調子に乗ってんのか?」
「お前が橘さんに何を言おうと、俺には関係ないけどな、あんまりくだらないことを続けていると、こっちも黙っていられない。」
俺の言葉に、生田は鼻で笑った。
「くだらない? お前が橘さんと仲良くしてるのがどれだけおかしいか、気づかないのかよ。橘さんみたいな子が、カーストの底辺と一緒にいるとか、普通ありえねぇだろ。」
「関係ないだろ。俺がどう思われようと、橘さんと俺がどう接するかは、俺たちの自由だ。」
俺の言葉に生田の表情が険しくなり、彼の拳が震えているのが見て取れた。
「やめて!」
紗月が声を上げる。だが、その声は二人の間の緊張を解くには足りなかった。
「おい、何をしている!」
低く響く声に、全員が振り返る。そこには険しい表情の担任の先生が立っていた。
「杉村、生田、廊下で何を言い合っているんだ。ここは学校だぞ!」
その一言で、緊張の糸が切れたように俺たちは黙り込む。
その後、職員室で二人揃って注意を受けることになった。先生は「生徒同士、もっとお互いを尊重しろ」と説教をし、俺と生田に和解するよう促した。
「すまなかったな。」
生田は渋々ながらもそう言った。その言葉にはまだわだかまりが残っているように感じられたが、これ以上の衝突は避けた方がいいと思い、俺も軽く頷いた。
職員室を出た後、廊下で待っていた紗月が心配そうにこちらを見ていた。
「悠人……大丈夫?」
彼女のその言葉に、緊張が解けたように小さく笑った。
「大丈夫だよ。それより、ごめんな。俺が余計なことをしたせいで、こんなことになって。」
俺の言葉に、紗月は首を横に振る。
「違うよ、悠人。私の変わりに言ってくれて、本当にありがとう。」
その言葉と彼女の笑顔に、胸の中のわだかまりが少しずつ溶けていくのを感じた。
その夜、ノートを開きながら、俺は心の中で誓った。もう二度と軽い気持ちで願いを書くのはやめようと。
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