第3話 ノートの力と選択の行方
教室の片隅で、俺は机に突っ伏しながらため息をついた。昨日、ノートに書いた内容が現実になり、バスで橘紗月と会話したことが頭の中で何度も再生される。
(本当に、あのノートの力だったんだ……。)
目を閉じると、橘さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。長い黒髪にキラキラと輝く瞳、そして人懐っこい笑み――どう考えても「普通の俺」が話せるような相手じゃない。それなのに昨日は会話ができただけでなく、彼女と距離を縮められたように感じた。
(……奇跡みたいなものだよな。)
机の引き出しからノートを取り出し、その表紙をじっと見つめた。金色の文字で刻まれた「ドリームノート」という言葉が、何かの呪文のように輝いて見える。
「バスで橘さんが隣に座って話しかけてくれる。」
昨日、そう書き込んだ文字がまだ鮮明に残っている。その力の証明を、俺はすでに体験した。それでも、ノートを再び手に取るたびに、未知の力に対する高揚感と恐れが胸の中で交錯する。
▼2日目のバスでの会話
いつものバス停。車内は閑散としている。俺が座った後部の席に、橘さんが現れる。
「やっほー、杉村君! 今日もここ座っていい?」
「え、あ、うん……。」
彼女がにこやかに隣に腰を下ろす。昨日と同じ甘い香りがふわりと漂い、胸がざわつく。
「昨日の話、すごく楽しかった! 今日もおしゃべりしようよ。」
俺は頷きながら、彼女の顔をまっすぐ見られないまま、会話を始める。
「橘さんって、どんな趣味があるの?」
「趣味? うーん……漫画とかアニメかな。あとは友達とカフェ巡りしたり!」
「意外だな……なんかイメージと違う。」
「どういうイメージだったの?」
「なんかこう、もっと華やかなことしてるのかなって。」
俺の答えに、彼女はぷっと吹き出した。
「それ、ただの勝手な想像じゃない? でも……杉村君も、そう見えるけどね。おとなしくて読書好きそうに見えるけど、実は話すと楽しいとか!」
彼女の無邪気な言葉に、胸の中が暖かくなる。昨日よりも自然に会話が弾み、自信が少しだけ芽生えた。
▼3日目のバスでの会話
最終日。これがノートの力による最後の機会だ――という事実が、俺の足取りを重くしていた。
車内でいつもの席に座ると、橘さんが現れる。
「ねえ、杉村君。これ、もしかして運命じゃない?」
「運命って……?」
彼女は俺の反応を楽しむように笑う。
「ほら、こんなに毎日会えるなんて、すごい偶然だよね!」
俺がどう返そうか迷っていると、彼女の顔が少し真剣なものに変わった。
「杉村君、もし私が困ってたら……助けてくれる?」
彼女の声には微かな震えがあり、その瞳は俺の答えを真剣に求めているようだった。
「え、そりゃ助けるけど……どうしたの?」
俺がそう答えると、彼女はふっと笑みを浮かべたが、その笑顔はどこか儚げだった。
「……なんでもない。ただ、ちょっと聞きたかっただけ。」
橘さんの言葉は柔らかだったが、胸に深く刺さった。
▼4日目:廊下ですれ違う
翌日、教室を出た廊下で橘さんと偶然すれ違った。俺に気づいた彼女は、明るい声で話しかけてくる。
「おはよう、杉村君!」
「あ……おはよう、橘さん。」
驚きながら返事をすると、彼女の隣にいた別の女子生徒が、鋭い視線を向けてきた。視線の主は、橘さんの親友だという「武田結衣」。その目は、まるで俺をスキャンするように一瞬で全身を見渡した後、橘さんへ向き直った。
「紗月、その人誰?」
「この人? 杉村君って言うの。帰りのバスで偶然話すことになって、仲良くなったんだ。」
その説明に、結衣は顎に手を当てながらじっと俺を見つめる。
「ふーん。で、どんな人なの?」
「別に普通だよ。ただ、本の話とかしてると面白くてさ。」
「ふーん。ま、紗月が言うなら悪い人じゃないんだろうけど。」
結衣は一瞬だけ俺を見返し、橘さんに再び視線を戻した。そのやりとりに、俺は少しだけ気まずい気持ちになった。
その夜、俺は机に向かい、ノートを開いた。しかし、ペンを手に取ることはなかった。
(この先どうするか……それは俺次第だ。)
橘さんの笑顔、そして彼女が見せた一瞬の儚さが頭をよぎる。
「ノートに頼らなくても……なんとかなるかもしれない。」
自分の力で何かを変えたい。そう思いながら、ノートをそっと閉じた。
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