第22話 揺れる心と甘い囁き
保健室のカーテン越しに、結衣の寝息が微かに聞こえてくる。薄暗い光の中、俺はベッド脇の椅子に腰掛け、ぼんやりと彼女の顔を見ていた。文化祭準備中に体調を崩した結衣を、ここまで運んできたのだ。
「……悠人くん……優しいね……。」
突然、結衣が寝ぼけた声で呟いた。反射的に顔が熱くなる。
「えっ、何か言った?」
声をかけるが、返事はない。どうやら半分眠ったままの状態らしい。
(優しい……なんて、そんなこと言われると恥ずかしいだろ。)
視線を泳がせていると、保健室のドアが静かに開き、紗月が顔を覗かせた。
「悠人、大丈夫?」
「紗月……ああ、大丈夫だよ。武田さんも寝てるみたいだし。」
紗月は俺の隣に腰を下ろすと、結衣の顔をちらりと見てから、小さなため息をついた。
「……悠人、優しすぎない?」
「え?」
「だって、こうやって結衣のそばにずっといてくれるなんて。結衣も、ちょっとズルいな。」
紗月の言葉に、俺は慌てて言い訳を始める。
「いやいや、これは別に……倒れたのを放っておけないだけで……。」
そんな俺を見て、紗月は少し拗ねたように頬を膨らませた。
「ふーん。でも、あんまり優しくしすぎると、結衣に勘違いされちゃうよ。」
俺は彼女の言葉の真意を測りかねながらも、自然と口をついて出た。
「……俺が優しくしたいのは、紗月だけだから。」
その一言が、自分でも驚くほどあっさりと口から出た瞬間、紗月の顔が一気に赤くなった。
「えっ……な、何それ……!」
彼女が慌てた様子で視線を逸らす姿が、可愛らしくて思わず笑ってしまった。
「そんなに驚くことかな?」
「だ、だって……悠人がそういうこと言うの、ずるいじゃん!」
紗月は手を膝にぎゅっと握りしめ、まだ赤い顔のまま俯いている。その姿に、胸が少しだけ締め付けられる感覚を覚えた。
翌日、文化祭準備の最中、結衣が俺を呼び止めた。
「悠人くん、この前は本当にありがとう。助かったよ。」
「いや、大したことしてないよ。保健室まで運んだだけだし。」
俺がそう答えると、結衣は笑いながら続けた。
「でもね、紗月、気をつけた方がいいよ。悠人くん、優しいから私に取られちゃうかも。」
「えっ!?」
横で話を聞いていた紗月が慌てて反応する。
「結衣、何言ってるの!? 悠人はそんなことしないよね?」
俺は二人のやり取りに挟まれ、少し困りつつも、自然と答えていた。
「……俺は紗月だけだから、安心して。」
再び言葉が出た瞬間、紗月はまたしても真っ赤になり、結衣は大爆笑している。
「ふふふ。悠人くん、それ、天然で言ってるの? それとも狙ってる?」
「ど、どっちも違うけど……。」
俺の困った顔を見て、紗月は「もう!」と声を上げ、結衣に抗議する。
「結衣、もうからかわないでよ!」
「はいはい、分かりました~。」
結衣は楽しそうに笑いながら手を振る。その明るさに、場の空気が少し軽くなった気がした。
その夜、家に帰った俺は、机の上の「ドリームノート」を手に取った。今日の出来事が頭をよぎる。
(紗月、武田さん……二人とも、俺にとって大事な存在だ。)
ペンを持つ手が一瞬止まる。書くべき願いが見つからないまま、ノートを閉じた。
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