第2話 夢の中の出会い
夜の静けさが、部屋の中に満ちていた。
俺はベッドに横たわりながら、机の上に置かれた黒いノートをじっと見つめる。その表紙には「ドリームノート」と金色の文字が刻まれていた。手に入れたのは数時間前、夕暮れの帰り道。薄暗い歩道で、それはまるで俺を待っていたかのように転がっていた。
触れると、表紙は不思議な感触だった。冷たくもなく、暖かくもなく、手のひらにじわりと伝わるざらつき。普通のノートとは何かが違う。その違和感が、俺をじわじわと引き込んでいた。
「夢が叶うノート……か。」
呟いた声が自分の耳に届く。嘘だと分かっていても、何か胸の奥がざわつく。このノートに書き込めば、何かが変わるのだろうか――そんな考えが頭を巡る。
だが、眠気には抗えなかった。ノートを机の上に置いたまま、俺はそのまま瞼を閉じた。
目を開けると、そこは見たこともない空間だった。
乳白色の光が淡く漂い、床も壁もない。ただ無限に広がる光だけが、この空間を満たしている。足元には影ひとつなく、空気も風も感じられない。不思議なことに、恐怖や不安はまるで湧いてこない。ただ、現実とは違う場所にいるのだという感覚だけが確かだった。
「やあ、待っていたよ。」
穏やかで中性的な声が響く。その声に振り返ると、白いローブを纏った人物が立っていた。顔は光に包まれて影となり、性別も年齢も分からない。ただその存在感だけが圧倒的だった。
「君が『ドリームノート』を拾ったんだね。」
その言葉に息を呑む。どうしてこのノートのことを知っている? 疑問が頭を巡るが、言葉はうまく出てこなかった。
「私はこのノートの管理者のようなものだと思ってくれればいい。君にノートの使い方を教えるためにここに来た。」
「管理者……? 使い方?」
「そうだ。このノートには特別な力がある。書き込むだけで、君の願いを現実にする力だ。」
一瞬、耳を疑った。願いが現実になる? そんな馬鹿げた話が……いや、ここにいること自体が普通ではない。夢だとしても、リアルすぎる。
「ただし、この力にはルールがある。」
管理者が手を一振りすると、俺の目の前に「ドリームノート」とペンが浮かび上がった。ノートは薄い光に包まれて微かに揺れている。それがまるで生き物のように感じられた。
「しっかり覚えておくんだ。このノートの力は絶大だが、使い方を誤れば君の人生に影響を及ぼすことになる。」
その声には、どこか冷たい警告の響きがあった。
▼ドリームノートのルール
1.書き込んだ願い事は、3日間だけ現実となる。4日目には自動的に消える。
2.倫理的に問題がある内容や非現実的な願い(例:「誰かを好きにさせる」「最強になる」など)は無効化される。
3.ノートは持ち主以外には白紙に見え、誰も内容を知ることはできない。
4.曖昧な願い事は、予想外の結果を引き起こす可能性がある。
5.願いが現実化する際、周囲に影響を及ぼすことがある。
6.書き込んだ願いが消えるまで、新たな願いを書くことはできない。
7.願い事は70文字以内に収めなければならない。
「ルールに従えば、君の願いは確実に叶う。ただし、願いを叶えることで発生する影響や代償も、すべて君自身が背負うことになる。」
「代償って……たとえば?」
俺の問いに、管理者は一瞬だけ沈黙した。
「小さな願いなら影響も軽微だろう。しかし、大きな願いほど、その代償も重くなる。どんな結果を招くかは、君の選択次第だ。」
その言葉に、俺はごくりと唾を飲み込む。ノートの力を試してみたいという気持ちと、恐ろしいことになるのではないかという予感が胸の中でせめぎ合う。
「ノートは君のものだ。どう使うかは自由だ。ただし、その力を信じるかどうかも、君次第だ。」
その言葉を最後に、管理者の姿は淡い光の中へと溶けていった。
目を覚ますと、窓の外には朝日が昇り始めていた。
息が荒く、全身が汗ばんでいる。夢――いや、あれは本当に夢だったのか?
机の上に目を向けると、黒いノートが静かに横たわっている。その表紙の「ドリームノート」という金色の文字が、朝日に反射して微かに輝いて見えた。
「……試してみるしかないか。」
ペンを手に取り、震える指でノートを開く。最初のページには何も書かれていない。ただの白紙のように見える。しかし、管理者の言葉が脳裏にこびりついていた。
深呼吸をし、心を落ち着ける。そして、最初の願いを書き込む。
『帰りのバスで、女子高生が隣に座り、楽しくおしゃべりする。』
書き終えた瞬間、ノートが淡く光った。それが現実になる予兆だと理解するには、もう少し時間が必要だった。
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