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第19話 交錯する感情と見えない壁


 文化祭準備が続くある日の放課後。教室には装飾を作る音や笑い声が響き渡っていた。俺は黒い段ボールをカットしながら、視線を何気なく教室の隅に向けた。


 そこには、内藤麻奈が一人で作業をしていた。大きな壁紙を広げ、慎重にカッターを使って裁断している。周りに誰もいない彼女の姿は、どこか孤独をまとっているように見えた。


「内藤さん、手伝おうか?」


 俺が声をかけると、麻奈は顔を上げた。少し驚いたようだったが、すぐに静かな表情に戻る。


「……平気。一人でできるから。」


 その言葉には拒絶の意図は感じられなかったが、何となく距離を取ろうとしているのが分かる。


「でも、結構大きいし、大変そうに見えるけど。」


「……別に。」


 麻奈の手が一瞬止まる。それから少しためらいがちに視線をこちらに向けた。


「……人と一緒にやるの、苦手で。」


 その言葉に、俺は少しだけ考え込む。けれど、すぐに笑って答えた。


「苦手でも、一緒にやってみたら楽しいこともあるかもよ。俺だって、前は人と話すのが苦手だったし。」


 麻奈の目が一瞬だけ揺れる。その中にほんのわずか、興味の色が見えた気がした。


「……そういう風に思えるのって、いいね。少し、羨ましいかも。」


 麻奈の声は小さかったが、その言葉にほんの少しの柔らかさがあった。


「少しずつでいいんじゃない? 俺だって、いきなり変わったわけじゃないし。」


「……ありがとう。」


 小さな声でそう呟いた彼女の横顔を見て、俺はほっとした気持ちになった。


 同じ頃、1年3組では橘紗月が飾り付けをしていた。紗月はハサミでリボンをカットしながら、悠人と麻奈の話を頭の片隅に浮かべていた。


「紗月、どうしたの? さっきからぼーっとしてない?」


 隣で作業していた結衣が声をかける。紗月ははっとして手を止めた。


「あ、ごめん、ちょっと考え事してた。」


「へえ、珍しいね。何考えてたの?」


 結衣がにやりと笑いながら顔を近づける。紗月は少し頬を赤らめながら視線をそらした。


「別に、たいしたことじゃないよ。」


「本当に? もしかして――悠人君のこと?」


 図星を突かれた紗月は、慌てて顔を覆った。


「ちょっ、結衣、声大きい!」


「やっぱりそうじゃん! で、何があったの?」


 結衣の問いに、紗月はため息をつき、作業を中断して椅子に腰掛けた。


「悠人が、内藤さんと話してたのを見ちゃって……。」


「それで?」


「なんで、内藤さんのことを気にかけるのかなって。別に怒ってるわけじゃないんだけど……なんか、もやもやして。」


 紗月の言葉に、結衣は少し考え込み、やがて笑みを浮かべた。


「それ、完全に嫉妬じゃん。」


「嫉妬……?」


「うん。でも、紗月がそれを感じるのは当然だよ。好きな人が他の女の子と話してたら、誰だって少しはそうなるでしょ。」


「でも、内藤さんってちょっと雰囲気が違うじゃん。私、どうしても気にしちゃって……。」


「それなら、自分の気持ちに正直になればいいんじゃない? 嫉妬したっていいし、もっと悠人君に自分のことを見てもらえるように頑張れば?」


 結衣の言葉に、紗月は少しだけ考え込み、やがて小さくうなずいた。


「うん……ありがとう、結衣。」


 一方、麻奈は校舎の廊下で一人、窓の外を眺めていた。遠くで聞こえる生徒たちの声が、どこか自分とは無関係な世界の音のように思えた。


(また今日も、いろんな人から視線を感じた。男子と話すだけで、あんなことを言われるのは本当に嫌。)


 麻奈の頭の中には、今日も耳にした噂話が浮かんでいた。


「また男子と話してる。絶対告白されるつもりなんでしょ。」


「内藤さんって、調子乗ってるよね。」


 麻奈は窓ガラスに映る自分の顔をじっと見つめた。


(私が何か悪いことをしたのなら仕方ない。でも、ただ話しただけで……。)


 深いため息をつく。そんな日常に、どう向き合えばいいのか、麻奈にはまだ分からなかった。


(……杉村君は、そんなことを気にしないで話しかけてくれるけど。)


 ふと、隣のクラスにいる悠人の姿が浮かぶ。橘紗月と仲がいい彼に、こんな悩みを相談していいのか、迷いがあった。


(でも……杉村君なら、話を聞いてくれるのかな。)


 小さな期待を抱きながらも、自分から動く勇気がまだ持てず、麻奈は静かに廊下を歩き出した。次に声をかけるべきタイミングを探しながら。



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