第17話 揺れる想いと未来の約束
夜、静かな部屋の中で、俺は頭を抱えていた。紗月――いや、橘紗月の真剣な告白を受けた後、答えを出すべきだと思いながらも、自分の気持ちに整理をつけられないでいた。俺に彼女の想いを受け止める資格があるのだろうか。
翌日、放課後。校舎の影が長く伸びる時間帯、紗月が俺を見つけて声をかけてきた。
「悠人、ちょっと話せる?」
その表情はどこか不安そうで、それがかえって胸に刺さる。俺は彼女に促されるまま近くの空き教室へと足を運んだ。ドアを閉めると、静寂が訪れる。
「昨日のこと、ちゃんと考えてくれた?」
紗月の声は震えてはいないけど、微かに緊張が滲んでいるように感じた。俺は深く息を吸い込み、視線を彼女に向けた。
「紗月、俺、君のことが好きだ。これだけは間違いない。」
彼女の瞳が大きく揺れる。その輝きが、俺の決意を強めた。
「でも――」
その一言を口にするのは、想像以上に苦しかった。
「――今の俺じゃ、君の隣に立つことができない。」
紗月は少し眉を寄せ、首を傾げる。その反応に、俺は言葉を続けた。
「君はクラスでも学校でも、誰もが認めるくらい輝いてる。紗月の周りには、いつも友達がいて、男子だって君を見ている。スクールカーストのトップ――なんて言葉、俺はあまり好きじゃないけど、そう呼ばれる場所にいるのが君だよ。」
「でも、そんなの関係ないよ。私が好きなのは、悠人だもん。」
紗月の言葉はまっすぐで、その純粋さが胸を締め付ける。でも、それでも俺は言わなければならない。
「本来なら、付き合うっていうのは、当人同士の気持ちで決まるものだと思う。でも、この学校っていう箱の中では、そう簡単にはいかないんだ。」
紗月が戸惑ったように目を瞬かせる。俺は自分の言葉を絞り出すように続けた。
「例えば、前に君が教室で俺を誘ってくれたときのことを覚えてる? あの時、周りのクラスメイトがどういう目で俺たちを見てたか。」
紗月はハッとしたようにうなずく。
「『なんで杉村が?』『罰ゲームじゃないの?』って言われてたよな。あの時、正直言って俺は気にしてなかった。今までもクラスで目立たないボッチだったし、周りに何を言われても大して変わらない。でも、あれが君に向けられるようになるのは――俺には耐えられない。」
紗月が息を飲む音が聞こえる。彼女の瞳には、微かに涙が浮かんでいるように見えた。
「君が周りから悪く言われるのが嫌なんだ。それに、今の俺じゃ君を守れる自信もない。だから――」
「だから、何?」
紗月の声には少しだけ苛立ちが混ざっている。それがかえって彼女の本気さを感じさせた。
「だから、夏の花火大会まで時間が欲しい。その間に、文化祭やテスト、体育大会――何でもいい。少しでも結果を残して、周りに認めてもらえるようになりたい。それが、俺が君にふさわしいって言える最低限の条件だと思うんだ。」
「そんなの気にしなくてもいいって……!」
「俺が気にするんだよ!!」
紗月は一瞬言葉を失ったように見えたが、すぐに眉を寄せて言い返す。
「悠人、それってただの言い訳だよ。私は――」
「言い訳かもしれない。でも、これが俺の本音なんだ!」
声が少しだけ大きくなった自分に驚きつつも、言葉を続けた。
「紗月は俺にとって大切だから、傷ついてほしくない。それを守れる自信が、まだ俺にはない。」
紗月はじっとこちらを見つめた後、深く息を吐いた。
「……分かった。でも、悠人がそこまで考えてくれてるって分かっただけでも、少し安心した。」
その言葉に、俺は思わず顔を上げる。紗月は涙をこらえたような笑顔を浮かべていた。
「でもね、悠人。私もただ待つだけじゃないから。私だって、もっと君に好きになってもらえるように頑張るからね。」
その一言に、俺の胸は熱くなった。彼女のまっすぐな想いに応えられるよう、自分も変わらなければならないという気持ちが強まる。
家に帰った俺はノートを手に取ったが、ページを開かずに机に置いた。今の俺に必要なのは、ノートの力ではなく、自分自身の努力だ。
「紗月、ありがとう。必ず、君にふさわしい俺になってみせるよ。」
そう心に誓いながら、俺は次の一歩を踏み出す決意を固めた。
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